九月

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「どう?」  頭の芯がぼんやりとしてきた頃、リディーが唇を離した。 「どうって、そんなのわかんないよ」 「トーゴったら赤くなってる」  耳のあたりが熱くなっているのは、自分でもわかっていた。 「すっごく真っ赤」とリディーはお腹を抱えて笑う。  僕はムッとして背を向けた。 「ねえ、怒ったの?」  背中から腕を回し、肩越しに僕を覗き込んでくるリディーにひとりだけドキドキしている自分が腹立たしい。 「キスの仕方を教えてくれるって言ったよね。それなら今度は僕からしてもいいよね」  振り返った僕は、目を見開いて後ずさりをするリディーの肩を掴み、壁に押し当てた。  リディーの目を見つめると、彼女は焦ったように僕の胸を押し返す。 「ちょっと待って」 「嫌だ。リディーが先にしようって言ったんだから、今更ダメだよ」  唇を近づけると、彼女は一瞬泳がせてから、強く目を閉じた。僕は少し強引に唇を合わせた。何度も繰り返し唇に触れると、頭の中にじわりと痺れる感覚が広がっていく。甘い香りに溶けてしまいそうだと思う。  ゆっくり唇を離すと、リディーが静かに目を開けた。その表情に吸い寄せられるように、離した唇をもう一度合わせようとしたら、彼女が僕の胸を押した。 「もう! 初めてだなんて絶対に嘘でしょ」  嘘なんて言っていなかったけれど、リディーが動揺しているようで、胸がスッとした。 「そろそろ帰るよ」 「今日も撮れなかったけど、また付き合ってくれる?」 「僕でいいならね。また来月でいいの」 「うん、待っているから」  僕はリディーの頬にそっとキスをした。彼女は何か言いたげな目をしたけれど、気づかないフリをしてアパルトマンを出た。  本当はもう少し、傍にいたかった。でもこれ以上いたら、自分の気持ちを押しつけてしまいそうでやめておいた。  暮れ始めた空に、薄らと月が浮かんでいた。徐々に太陽の沈む時間が早くなってきている。それでもまだ、夜の訪れは八時を越えてからだ。
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