十二月

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十二月

 薄暗い店内の中、僕はスポットライトの当たったピアノの鍵盤に指を置いた。  ひんやりとした感触が指先に伝わると、周りの喧騒が遠のいて、僕の周りに静かな空間が広がる。 息を吸い込んで、頭の中で曲のイメージを描きだしていく。  ここは僕だけの場所だ。僕が僕を唯一肯定できる時間で、僕が僕でいられる唯一の空間でもある。  指を鳴らしてカウントを出し、『Israel』のテーマを弾きはじめる。  徐々に高まっていく熱を抑制するように、冷静に硬質的な音でソロを弾く。足元から這い上がって来るようなベースと、ぶれることなく刻まれるドラム。そこに僕のピアノが溶け合って、この空間をスイングさせる。体にぶつかってくる音の塊が、生きていることを実感させてくれる。  ベースソロに入ると同時に、観客から大きな歓声と拍手が上がった。抑えたバッキングを続けながらも、観客に目を向けると、眩しくフラッシュが光った。  心臓がドクンと跳ねるように動いた。一眼レフ越しにこっちを見ているのは、リディーだった。胸が押しつぶされるような甘い痛みが僕を襲う。
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