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どのくらいそうしていたのか。突然、冷たい手のひらが瞼を塞ぎ、忘れることのできない香りが僕を包んだ。
「ごめんね。トーゴ、このまま聞いて。私、ニューヨークに行くことにしたの。写真の勉強を一からやり直すために。クールに見えるのに、トーゴのピアノって熱いのね。感動した。もっと早く見にいっていればよかった。私ね、このまま一緒にいたら、トーゴのことをもっと好きになってしまうと思う」
「それじゃダメなの?」
僕は瞼を覆う手を強引に外して、振り返った。明るい声で話しているように聞こえていた彼女の目には、涙が溢れていた。
「もう誰かに依存して、写真が撮れなくなるような自分にはなりたくないの」
「僕に依存なんて、リディーはしないよ」
「私はずっとトーゴに魅力を感じていたわ。だけどトーゴが好きなのは、私じゃなくて私の撮る写真だって分かっている。撮れない私になんて、すぐに興味を失う」
「そんなことないよ。僕は……」
否定しようと思ったのに、分からなくなった。僕はどちらに惹かれているんだろう。
言葉に詰まった僕を諭すように、リディーは微笑んだ。
「私いつか必ず、ニューヨークで個展を開く。そのときはトーゴを最初に招待するわ。その頃には、トーゴもきっと素晴らしいピアニストになっている。そうでしょ? きっと今度はもっといい関係で会えるわ」
「どうしてひとりで決めるんだよ。置いていかないでよ」
「ごめんね。トーゴ」
彼女はもう決めている。ツバメと同じだ。覆ることはない。
少しの沈黙のあと、リディーが口を開いた。
「トーゴ。『I say a little prayer』は歌えるようになった?」
「リディーのために覚えたよ」
「いつも優しいのね、トーゴは。ねえ、餞別代りに歌ってくれる?」
リディーはもう泣いていなかった。出会った頃のような眩しい笑顔で僕に微笑みかける。僕も精一杯の強がった笑顔を向けた。多分上手く笑えていなかったけれど。
僕は歌いだす。叶うことのない、小さな願いを込めて。
沈まない太陽と訪れない夜に Fin
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