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五月
腕を振り払ってでも立ち去るべきだったのかもしれない。写真を目にした僕の足は、動くのをやめてしまったようだった。
彼女がカバンから出したアルバムは、白と黒の二色だけで構築されていた。黒の濃淡と光、それらが世界を鮮やかに彩っている。写真の中に切り取られたモノクロームの世界は、僕がいつも目にしている世界よりも、ずっと美しかった。
「あなたは知らないかもしれないけれど、私たちはこの図書館でよく会っているの」
「まるでストーカーだね」
「ストーキングまではしてないわ」
素っ気ない態度を取りながらも、僕は彼女の目を通したら自分がどう見えるのかを考えていた。僕のつまらない毎日も、美しい世界に変わるんだろうかと。
「一枚だけならまあいいよ」
「ありがとう。でももうちょっと撮らせて欲しいな」
「強引だって言われない?」
「よくそう言われる」と彼女は悪びれもなく言う。
「私はリディー、あなたは?」
「冬吾」
「トーゴ。フランス語が上手いわね。ずっとパリに住んでいるの?」
「いや、数年前までは日本に住んでいたよ」
「日本人なの? トーゴみたいにやる気のなさそうな雰囲気の日本人には会ったことなかったわ。彼らって、ほらもっと真面目そうな」
「それ悪口だよね。写真、撮りたくないの?」
「褒めているのよ。普通の人なんて撮っても面白くないじゃない」
そう言ってリディーは僕の手を掴むと、さっさと歩きだしてしまう。
「あのさ、何で僕があなたと手を繋がなきゃいけないわけ」
「だって逃げそうだもの」
「別に逃げないよ」
「嘘。今にも帰りたそうな顔をしているわ」
この自分勝手で強引なカメラマンから、逃げようという気はもうなかったけれど、素直になれない僕は、抵抗するふりを続けた。
リディーはぐいぐい僕を引っ張っていき、図書館を出たところでやっと立ち止まった。
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