六月

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六月

 部屋に足を踏み入れた途端、息を呑んだ。モノクローム写真の溢れるような光と影が、部屋の壁を埋め尽くしている。 「ああ。これ、気になる?」  タオルを取りに行ったリディーが、いつの間にか隣に立っていた。 「私はもう慣れちゃった」  彼女の後ろに立って、僕も写真を見上げた。被写体はバラバラなのに、どれもリディーが撮ったと一目でわかる写真だった。 「ほら、トーゴの写真も貼ってあるでしょ」  僕は目を瞑って芝生に寝転んでいた。木漏れ日が、僕の周りに葉の影をつくりながら地面を照らしている。木々の揺れる音と、吹き上がる噴水の音が今にも聞こえてきそうに思えた。 「この写真、いいでしょ」 「僕じゃないみたいだ。すごいな。リディーには、いつもこんな世界が見えているんだ」  もう一度壁面の写真を眺めたとき、一枚の写真に目が留まった。神経質そうにも見える整った顔立ちの男が、高級車の前で煙草を吸っていた。よく見れば男の写真はたくさんあった。この部屋で撮られた写真もあって、その笑顔が誰に向けられたものか理解した僕は上手く表情を作ることができなくなってしまった。 「リディー、ごめん。トイレ貸して」  顔を見ないまま言って、彼女が指差したトイレに駆け込んだ。扉を締め、震える息を吐く。  リディーの彼氏だと思われる写真の男は、最近よくツバメを迎えに来る奴だった。車の中で、ふたりがキスを交わしていた数日前の光景が甦る。  こんなこと言えるわけがなかった。黙っているしかないんだと、なんとか気持ちを落ち着かせてバスルームから出てくると、彼女は窓辺に立って煙草を吸っていた。紫煙が窓の外に吸い込まれるように消えていく。 「この人は誰?」  写真の男を指差したら、リディーはほんの少し表情を曇らせたように見えた。 「私の彼。クロードって言うんだけど、トーゴは彼を知っているの?」 「たくさんあるから有名な人なのかと思っただけだよ」  僕はリディーに嘘ばかりついている。 「最近あまり会えないの。仕事が忙しいみたい」 不似合いな悲しそうな表情で呟いてから、「でも仕事なら仕方がないよね」と、いつものように明るく笑う。  来ないのが、ツバメのせいだと決まったわけじゃない。たとえもしそうだとしても、ツバメはいつだってすぐに飽きて別れるから、クロードだってリディーの元に戻ってくるはずだ。  そう自分に言い聞かせることにした。だって悲しい顔をさせているのが、自分の母親だなんてあんまりだ。
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