第1話 アルバイト

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 そういう返事を右松は逃さない。 武闘派の右松は、一気に頭に血が上った。 「何かいや!その返事は!お前、聞いちょんか?」 拳を握る右松。一転して、口調は荒々しいモノに戻った。 「聞いてます。聞いてます」  今まで俯いて聞いていた吉平は、慌てて顔を上げ右松を見た。 やってしまった。と顔に書いてある吉平。 そのあまりにも情けない表情に右松は怒りを覚えるわけではなく、あきれてしまった。 「ま、えぇわ。そういう事じゃけの」 そう言うと、目の前の灰皿に煙草を投げ入れた。 「明日から気ぃつけぇよ!」 右松は、それだけ言うと吉平より先に席を立った。 ********************************************  それから半年。 月日は流れ、十二月になっていた。 水曜日の出来事。  「あ~今日もバイト。メンドくせーなぁ。は~マジ嫌だ」  半年前、本業を一番に考えろと偉そうに説教した本人が、アルバイトのことを優先している。 喫煙室で煙草を吹かしながら、朝のミーティングを待つ右松。 右松の他に、喫煙室には誰もいなかったので、大きな独り言でしかない。 昨日はアルバイト初日で、仕事の手順を一通り習い、教育係に付いての研修であったから、比較的楽な作業であった。 乙種第4類危険物取扱者。通称 乙4 これを取得していれば、時給は良かったのだが、右松は持っていない。 基本的に、何かに向けて努力をすることが嫌いな性格だったため、挑戦というものが嫌でしょうがなかった。 以前、GSでアルバイトをしようかなと人に相談したことがあり、その時に 「GSなら、乙4あったら有利ですよ」  と職場の部下に言われても、頷くだけであり、乙4試験も、そんな性格のため受験しない。 右松は、野之崎市から車で一時間の距離にある上梅市に一戸建てを購入した。 悲しい現実だが、本業の収入だけでは、家のローンが生活を圧迫する。 加えて、不景気の続く業界で、昇給も望めない。事実、入社以来昇給は一度だけでボーナスもない。 そのため、本業の仕事以外にも収入の道を作ろうと職場の近隣にあるGSでアルバイトを始めた。 右松の部署は、仕事が午後5時までに終わるため、GSでのアルバイトは午後6時から始められた。 バイトが終わるのは午後10時。二十四時間営業のGSだったため、夜勤帯も考えたが、仕事しながらだと、その時間が精一杯という自分なりの結論だ。  時給は千円。感情が顔に出やすい右松が、苦虫を噛み潰したような顔をしているとき後輩の本井名が喫煙室に入ってきた
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