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「また食べたい」と人に思わせる料理の蠱惑的な秘密
若いときから第一線で活躍しつづける地井田シェフ。
念願の彼の弟子になるも、新作メニューを考えるシェフは部屋に引きこもり。
先輩曰く「年々、新作メニューを考えるのが辛くなってんだよ」と。
「シェフももう六十才で、料理人になって四十年以上だろ?
新作を考える発想が枯渇して、そろそろ潮時じゃね?って噂になってる」
「引退には早すぎます!」と先輩に噛みつき、噂にかまわず、日々の修行に励んだもので。
その日は俺がまかない担当。
チーズリゾットをふるまうと先輩方に好評だったものを「地井田シェフがお呼びだ」と聞かされて戦々恐々。
ノックをしておそるおそる部屋に踏みこむも怒鳴られず、深刻そうな顔をして「隠し味は?」と質問。
「こ、昆布茶です」と応じれば思いがけない提案を。
「まだ業界に染まっていない、きみの舌や発想力で新作メニューづくりの手伝いをしてほしい」
弟子入りして一か月も経たず、シェフの腕を間近で見れるまたとないチャンス。
「よろこんで!」と即答し、翌日から閉店したあと二人きりで秘密のメニュー開発を。
とはいえ、ほとんどの時間、シェフは愚痴や弱音を吐き、俺は聞き役。
「また食べたいと人に思わせる料理って、どんなのか分からなくなってな・・・」
「おまえは、どんな料理だと思う?」と難題をふられて、新米ながら生意気にも意見を述べてしまい。
「人は料理を通してシェフを知って感じたいんじゃないですか?」
とたんに「それだ!」と目を輝かせたシェフは、俺を帰してメニュー開発に没頭。
果たして翌日、試しにふるまわれた「鶏の赤ワインソースがけ」を従業員は大絶賛し、新作をお披露目したとたん客が殺到。
が、「さすがシェフ!」と諸手をあげて喜べず。
日に日にシェフはやつれていくし、料理を欲する人が異様に見えたから。
単品で五皿も頼み、一心に貪って、皿を舐めまわす客。
下げられたその皿をさらに舐めまわして恍惚とする従業員。
胸騒ぎがして耐えられず、シェフがソースづくりをするのを覗いたところ。
包丁で腕を切っては滴る血を鍋へと。
ぎょっとして厨房に跳びこみ、包丁を奪おうとするも突き飛ばされてシンクの角に頭を強打。
倒れたなら同時に勝手口が開かれ、多くの人がなだれこんできた。
一斉にシェフに群がり、肉が千切れたり血が噴きだす音が。
あたりに肉片や血が飛び散り、その一欠けらものこさず舐めとり飲みこんでから人人は勝手口からでていく。
床にのこされたのは、艶やかで真っ白な人骨だけだった。
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