エレベーターで降りてくる子供の目が暗すぎる

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エレベーターで降りてくる子供の目が暗すぎる

仕事帰りの深夜、ため息をついてエレベーターのボタンを押した。 五階でしばらく止まってから降りてきたに、誰か乗っているかもしれない。 残業で疲れきっている状態で、住人と顔を合わせるのは億劫。 なれど一応、備えて待つことしばし。 果たして扉が開いたら私の目線の高さには誰も見当たらず。 なんとなく視線を落とすと、幼い男の子が。 三、四歳くらいで、一人だけ。 もうすぐ十二時を回る深夜の想定外の遭遇に驚いて、すぐに対応できず。 口をあんぐりするうちに男の子はエレベータを跳びだし、夜道に走っていこうとしたので「ちょ、ちょっと!」となんとか声をかける。 「きみ一人なの?お父さんやお母さんは?」 不思議そうに私を見やり「お母さんならここにいるよ」と片腕をあげて手を握る仕草をし、見あげる男の子。 視線の先は、なにもない宙。 とはいえ大人をからかっているようでなく「ね」と宙に向ける笑みは屈託ない。 疲れのせいで頭が回らず、つづく言葉がでてこないまま、片手を上げて走っていく男の子を見送る羽目に。 追いかける体力はなく、マンションの住人を叩き起こし騒ぎたてる気力もなく。 疲労のあまり幻覚を見た可能性も捨てきれず「明日、子供の不幸なニュースが流れませんように!」と祈りながら家に帰り就寝。 翌朝、幸い、それらしいニュースはなく近所も静かだったから、ほっとして出勤。 また残業を押しつけられ、昨夜と同じ時間帯にマンションに帰宅。 これまたエレベーターが五階でしばらく止まったあと降下。 「男の子一人だったら、今度こそ止めよう」と身がまえつつ、想像をしてしまう。 もし、エレベーター内が空っぽだったら、見えない母親しか乗っていなかったらどうしよう、と。 果たして扉が開くと女性が一人。 私の顔を見るなり「小さい男の子見ませんでしたか!?」とすがりつくようにつめ寄った。 「昨晩もこの時間帯に一人で家を跳びだしたんです! 十分くらいで帰ってきたんですが、まさか今日もなんて!」 彼女の顔は、あの男の子とそっくりだ。 義理の母なら、男の子が見えない母親を求める思いも分からないでもなかったが。 今日も片手を上げながらエレベーターを下りてきただろう男の子は、一体、だれと手をつないでいるのやら。
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