第3話 相棒

1/1
前へ
/57ページ
次へ

第3話 相棒

 闇夜にドアのノック音が微かに響く。  入室の返事は無用と、鍵のないドアは直ぐに開かれる。 「目覚めはいかがですか?」  ドアが開かれる度にそう訊いてくるが、僕も決まって同じ言葉を返す。 「……最悪だよ」  ベッドから半身を起こし、気怠そうに彼を見る。  そんな僕を見るのが楽しいのか、笑みの浮かんだ、穏やかな表情。  この男……全く真意が分からない。  表面的にも笑みを見せる事で、その真意を隠しているのは明らかだ。  一体、何を考えている……? 「それはなにより。では早速今夜、任務に就いて頂きます」 「任務……ね」  面倒だなと思う僕は、深い溜息をついた。 「無駄に時間を使うな。さっさと着替えろ」  は……?  声も口調も、穏やかな彼とは違う。彼の後から部屋に入って来る男が見えたが、顔を確認する前に、男が僕に向かって投げた服で視界が塞がれる。 「なっ……!」  頭から被さる服を剥ぎ取り、僕は男を視界に捉える。  うわ……なんか目つきも態度も悪……。まあ……態度に至っては、僕も人の事を言えはしないが。  それにしたって、初対面でこの態度……って、ああ、僕も同じか。 「ったく……なんで俺が、こんなガキと組まなくちゃならねえんだよ?」  ガキ……? 見たところ、年上ではあるのだろうが、僕とそう年齢は変わらないのでは?  愚痴を言いたいのは僕だって同じだ。 「まあ、そう言わずに。君にしか頼めないでしょう?」 「ああ? ふざけんな。俺は一人でも十分に任務をこなしているだろーが。足手纏いはゴメンだね。大体、使いものになんのかよ? 禁忌を犯したって、中途半端な術しか使えねえって事だろ。出来る奴は、禁忌呪術など使おうとしなくても、どうにか出来る(すべ)は持ってんだよ。頭の悪い奴程、禁忌を犯したがる。つまりは能無しのやる事だ」  このやろーっ……! 言わせておけば、いつまでもベラベラと!  僕は、ベッドから下り、投げ渡された服を床に叩き付けた。 「表に出ろ」  僕は、男を睨みつける。 「あ? なに弱者の定番セリフ言ってんだ。そもそも今から出るだろーが。だから、着替えろって言ってんだよ。通じねえのか」 「通じないのはお前の方だろ。なんなんだよ……いきなり喧嘩吹っ掛けられて、黙っている方がおかしいだろ!」 「ああ、そういう事。だったら話は早い。秒で()じ伏せてやる。口で言うより簡単な話だ」  僕が敵うはずなどないといった自信を、ニヤリと口元を歪める笑みで表してくる。 「はっ。お前に僕の何が分かるんだ。侮るなよ」 「へえ? 大した自信だな。じゃあ、今夜の任務、お前が主導でやれ」 「なに言ってんだよ……」 「自信あるんだろ? だったら問題ねえだろーが」 「なんの任務かも聞いていないのに、出来る訳ないだろ!」 「出来るか出来ねえかなんて、訊いてねえんだよ。俺にも、勿論、お前にも、なんの任務かなんて関係ねえ。どんな任務でもやる、それだけだ」 「……っ……!」 『君に理由は必要ないでしょう?』  この男もまた……僕と同じだという訳か。  そう思ったら、言葉に詰まった。  言い返す言葉が無くなった。  男は、僕が床に叩き付けた服を拾い上げる。 「藤堂(とうどう) 麻緋(あさひ)だ。今夜からお前と組む。相棒なら相棒らしく、足りない部分は補えんだろ。まあ、俺に不足はありはしないから、俺がお前を補ってやるよ、白間 来」  ……真剣な目だった。  皮肉にも……揶揄っている訳ではなかった事が、その目を見て分かる。  僕の体に押し付けるように、渡そうとする服を僕は手に取った。 「さっさと着替えろよ。外で待っている」  そう言って麻緋は部屋を出て行った。 「来……麻緋は態度も口も悪いですが、君を見捨てて逃げるような男ではありません。彼と行動を共にすれば分かる事でしょう。行って下さい。任務の詳細は、麻緋に伝えてあります」  僕は、手にした服をギュッと握る。 「……分かった。着替えて……直ぐに行く」 「頼みましたよ」  そう言って彼も部屋を出て行った。  上下の白い服。身丈の長い上着は、その身を闇に隠す為なのか黒だった。 『この世を白と黒で分けるならば、ここは黒です。正義を主張する気はありませんが、白が正しいとも限りません。勿論、黒が間違っているとも言いません。そもそも、白が正しくて、黒が間違っていると決められるものではないでしょう』  彼の言葉を頭に浮かべながら、僕は白を隠す黒を羽織る。  白と黒……白か黒か。  僕は……何色に染まればいいのだろう。何色に染まっていくのだろう。  そしてその色は、僕にとって正しいのか、間違っているのか……。  きっとその答えは……。  僕は、麻緋の元へと向かう。 「夜が明ける前に終わらせるんだ。早くしろ、来」  僕の姿を見つけた麻緋は、僕が追いつく前に歩を進め出した。  僕は、早く追いつこうと走り出す。 「麻緋……!」  僕の声に麻緋は足を止めた。  麻緋は、僕が追いつくのを待って、再び歩を進め出した。  藤堂 麻緋……彼と共に、歩む事で見つけられる答えであるのだろう。  そう……思った。
/57ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加