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第5話 札使い
「着いたぞ」
そう言って麻緋は足を止めた。
「着いたって……ここ……なに……?」
息を切らす僕に、麻緋は呆れたように溜息をついた。
「来……お前、背負っちゃってんの?」
「背負ってるって……? なんか……着いた途端に……体が重い……」
僕は、腰を曲げて膝に手を置き、頭を垂れた。
「意外に敏感なんだな。鈍感なのかと思っていたが」
「どういう事……?」
……反論する気力もない程、体が重い。
膝に手をついたまま、顔を上げる。
廃墟同然にも見える寂れた建物だが、部屋の窓のところどころには、微かな灯りが見えた。
「なあ、来」
「なんだよ……」
「成介から聞いたが、お前、俺たちの棲む場所が牢獄みたいだと言ってたんだってな?」
「だから……なんだよ……余計に疲れるから、一気に話してくれない?」
麻緋は、ニヤリと笑みを見せると言う。
僕は怠さに耐えられず、腰を曲げ、頭を垂れながら麻緋の言葉を聞く。
「ここが本当の牢獄。罪人の収監所だ」
その言葉に、僕は再度、建物へと目を向けた。
確かに……窓という窓には、鉄格子が嵌められている。
「はは……なに、任務って……建前? 結局、僕は収監されるって事……?」
「そんな回りくどい事するかよ。だったら、最初から収監されているだろーが。成介から聞いているだろ? お前の場所は、俺と同じ場所。ここじゃない」
「だったら……なんだっていうんだよ? 僕たち……刑務官でもないだろ。誰か、面会する奴でもいるのかよ? っていうか……そしたらこんな真夜中に入れて貰える訳が……」
言いながら僕は、違和感を覚える。
……見張りなんていなかった。
止められる事なく、そもそも、誰に会う事もなく、僕たちは敷地内に辿り着いている。
「麻緋……」
「そういう事だ」
「任務って……まさか……ゴーストバスター……?」
「違えよ! なんで、そんな祓い屋みてえな事しなくちゃならねえんだよ? だったら俺たちじゃなくてもいいだろーがっ! 祓い屋に依頼しろ。どんな任務でもやるとは言ったが、そもそもそんな表の世界から来るような話が、裏にいる俺たちのところに来る訳ねえだろ!」
「え? 違うのかよ? だって……僕が背負ってるものって……死刑囚の幽……霊……」
言い終わる寸前に、麻緋が僕の頭をバシッと叩いた。
反射的に、腰を曲げていた姿勢が、真っ直ぐに伸びる。
「痛ってえな! なにすんだよっ! って……あれ……?」
……怠さが消えた。
「お前、網に引っ掛かってんじゃねえよ」
「網?」
「あーっ……! これだから三流は嫌なんだよ。知ってる、分かってるって言うくせに、本質なんてなんも分かってねえ。知識齧っただけの奴程、偉そうに言葉並べんだよな。突っ込んだ話してやろうか? ボロが出るぞ。その自信満々な顔、頭から潰してやろうか?」
こいつ……マジで僕以上に口が悪い。
だけどなんか……微妙に会話が噛み合っていない気がするが。
「三流って、おい。僕はそこまで偉そうな事、言ってないだろ」
「『結界』だ」
「あ……そういう事か」
「じゃあ、どういう事だ?」
「結界って、結界を張った場所を守護する訳だから、逆に言えば侵入を拒むって事だろ」
「それで?」
「僕たちは……結界を破って侵入したって事……」
「そうなると、どうなる? 正確に言うと、結界に引っ掛かったのは、来、お前だけなんだけど。俺は結界に触れる事なく、擦り抜けてるからな」
「え?」
「え? じゃねえよ、惚けてねえで前見てろ。来るぞ」
ドンッと破裂するような音が響き、窓の灯りだと思っていたものが、こっちへと飛び出して来る。
僕は、呪符を取り出し、飛んで来るものに向かって投げた。
バシュッと火に一気に水を掛けたような音が響き、灯りが消える。
「ふう……」
間に合った。
「なに、満足そうな顔してんだよ? 大体、お前……ここに来る前から思ってたけど、まだ呪符なんか使ってんのな?」
麻緋は、冷めた目線で僕を見る。
「使うだろ、普通」
「時と場合にもよるが、闘いの最中には使わねえよ、普通」
「なに言ってんだよ、術師なんだから、どんな時でも使うだろ」
「じゃあ、訊くが、お前、あと何枚、呪符持ってる?」
「うーん……五、六枚かな。ここに来る前に二枚使っちゃったしなあ……」
「という事は、攻撃がそれ以上の回数で来たら、お前、どうすんの?」
「どうするって……描く」
「符は?」
「まあ……一応、符の束は持ってるけど……」
「いつ描くんだよ?」
「いつって……描く時間、あるかな?」
「俺が訊いているんだよっ! 闘いの最中にそんな余裕、ある訳ねえだろ!! あーっ!! クソッ! 成介のやろー! 来が完全札使いの術師だなんて聞いてねえぞ!」
「なにキレてんだよ、呪符が尽きる前に終わらせればいいだけだろ」
さらりと返す僕を、麻緋は真顔でじっと見る。
「なんだよ? 麻緋」
深い溜息をつく麻緋は、蔑むような目を見せて、残念そうに言った。
「いや……無理だろ、お前には」
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