6人が本棚に入れています
本棚に追加
第7話 現実との狭間
『俺にも頼れ』
……麻緋。
僕は、歩を進めて行く麻緋の後ろ姿を見つめていた。
「来、行くぞ」
「あ……うん」
僕は、麻緋を追った。
興味などないといったふうに見えて、本当はちゃんと見ている。
ああ、そうだ。
この短時間で、麻緋が僕に言った言葉は……全て本音だ。
だから僕は……。
この男を信じる事が出来たんだ。
麻緋は、建物を前にして足を止めると、崩れた壁をじっと見つめる。
そして、一点を見たまま、麻緋は言った。
「本当に……本質がなんにも分かってねえな。三流」
僕は、その言葉に驚き、麻緋を振り向く。
麻緋は、僕を振り向く事はなかったが、僕が何に気づいたかは分かっている事だろう。
……微妙に会話が噛み合っていないような気がしてた。
『知識齧っただけの奴程、偉そうに言葉並べんだよな。突っ込んだ話してやろうか? ボロが出るぞ。その自信満々な顔、頭から潰してやろうか?』
『僕はそこまで偉そうな事、言ってないだろ』
自信満々な顔……。
……あの時から既に麻緋は、そこにいる誰かを見ていた。
そこにいる誰かに話していたんだ。
僕は、建物の中に入っても、そこに誰かがいる事に気づいていなかった。
見張りのいない罪人の収監所。
廃墟同然のこの建物は、既に機能していない。
そうインプットされた僕の脳は、生きている人間など誰もいないと思い込んだ。
「俺には見えてんだよ。間違った価値観を持った、その間抜けヅラがな」
麻緋の言葉に言葉は返ってこない。
「ったく……」
麻緋は、足元に転がっていた石を拾う。
「降りて来ねえなら、こっちから行くぞ!」
そう言って麻緋は、壁が崩れ落ちた場所へと向かって、石を投げた。
え……?
麻緋が投げた石が、カツンと音を立てて跳ね返った。
壁がないのに……なんで中に入らず、落ちてくるんだ……?
「あっ……」
思わず僕は、声を漏らした。
音までは誤魔化せない。
気づいた事が事実である事を確認するように、僕は上着の内ポケットへと手を伸ばした。
呪符……爆風に飛ばされてなんていない。ちゃんとここにある。
あれは全て幻影だったんだ。
『これから向かうところは、そういうところだ』
そう聞いていたのに……。
僕は、自分の甘さを悔やむ。
なんで……気づかなかった。
悔しくて、その悔しさを潰してしまいたくて、顔を伏せる僕は、ギュッと両手を握り締めた。
『なあ、来。気づいてる?』
『……気づいてるよ』
気づいてなんかいなかった。
その答えを僕は口にしていたのに、それでも僕は気づくべき事に、今の今まで気づいていなかったんだ。
これじゃあ、僕は……三流以下じゃないか。
『麻緋がいるこの場所って……僕が中に入って行く前から……麻緋が立っていたところだよね……』
麻緋が僕を追うはずがない。
あんなところから吹き飛ばされて、そんな偶然にも麻緋の側に落ちる訳もない。
現実に爆風に吹き飛ばされていたら、そんな中で、呪符を見つけられる訳がないじゃないか。
僕のいた場所など……元々、変わっていなかったんだから。
僕がこうしてまだ生きているのは、幻影を見ている間、僕の側に麻緋がいたからだろう。
幻影に嵌っている間、僕を守ってくれていた……そう思った。
僕の心情を察する麻緋は、前を向いたままではあったが、僕にこう言った。
「心を顔に出すな。相手の術に嵌り易くなる。呪符が尽きる前に終わらせるんだろ? だったら前を向け。裏の世界で生きようとも、顔を伏せなければならないルールなんかねえんだよ。特に……この闇夜の中ではな」
……闇夜。
『指令が下る時は真夜中……行動も真夜中に限ります』
『君が見るべきものは、その答えを明確に導く為のもの……その目で見るものが任務に繋がります』
僕は、顔を上げた。
……そうだ。
このままでいい訳がない。
禁忌呪術を使い、後悔と絶望を抱え、終わるはずだった僕の人生。
なのに僕は、まだこの世界の中で生きている。
佐伯 成介というあの男が、何故、僕を助け、表と裏という分けられた世界の一つを僕に与えたのか。
そしてそれは、麻緋も同じなんだ。
必ず理由はあるはずだ。
麻緋もその理由を探しているんだ。
僕は、麻緋の横に立った。
「もう……大丈夫だ。僕は、見るべきものを見誤らない」
麻緋は、ちらりと僕へ目線を向けると、ふっと笑みを漏らした。
僕は再び、建物へと目を向ける。
廃墟同然である事は変わらなかったが、壁は崩れてなどいなかった。
鉄格子が嵌められた窓には、赤い光がゆらゆらと揺れている。
その数は、一つ二つと次第に増えていき、その窓に呪いの文字を刻んだ。
だから……三流……。
術の使い方を……違えている。
罪人の収監所。だが、ここにその罪人はいない。
窓に刻まれた呪いの文字が、ダラダラと溶けて建物を染めていく。
白と黒とも違う……。
真っ赤な色で。
最初のコメントを投稿しよう!