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主任とお酒
普段通りの忙しい1日が終わり、園を出ようとすると、主任が声をかけてくれた。
「ねぇ、時間あったら1杯付き合ってくれない?」
主任がお酒好きなのは聞いていたが、こんなふうに誘われるのは初めてだった。
「はい。飲みましょう」
私はいつも通りの笑顔だった……と思う。少なくともそのつもりだった。
主任の行きつけのお店は、幼稚園の最寄り駅の隣の駅にあった。
駅から5分の住宅街の中にある、一見民家だが入ると居酒屋、という造りだった。
主任は慣れた様子でビールと枝豆と冷奴と卵焼きを注文した。
「好きなの頼んでね。今日はおごりよ」
「いえ、とんでもない、自分の分は自分で」
「おごりって言っても、私じゃなくてね。園の経費になるから、遠慮はいらないのよ。私もガッツリ飲むから」
主任はにやっと笑った。私も思わず笑った。
「じゃあお言葉に甘えて。ビールと唐揚げと枝豆、あとキムチください」
私が注文すると、主任は微笑んだ。
乾杯すると、枝豆をつまみながら、主任は話し出した。
「2人目なのよ」
「2人目……?」
「園児が亡くなったのはね、私が就職してから、2人目」
私を元気づけるために誘ってくれたのか。
しかし私はいつも通りのつもりなのに、そう見えないのだろうか。
「1人目はね、生まれつき障がいのある子で、生まれた時から、長くないかもってお医者さんに言われてたの。お母さんが入園を望まれて、先代の園長が、とにかく精一杯のことをしようっておっしゃってね。職員一丸となって保育にあたった。私はまだ主任じゃなくて、担任を持ってて。お母さんともたくさんお話したなあ」
幼稚園を興した先代の園長は、もう90歳を過ぎているけれど、今でも時々幼稚園にいらっしゃる。子供にも職員にも愛情深い。私は先代が大好きだった。
「冬で、風邪ひいて。あっという間だった。病院にもお見舞いに行ったけど、その時は意識がまだあって。退院したら、一緒にブロックで遊ぶ約束をしてね。待ってたけど、そのまま……」
主任はビールをグイッと飲んだ。
「あの時はもう、立ち直れないと思った。散々泣いてね。私が泣いても仕方ないって頭では分かるのよ。でも止まらないの」
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