主任とお酒

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 おかわりください、と厨房に声をかけて、主任は涙を拭った。 「私、園ではいつも通りしてるつもりだった。家では泣いててもね。でも全く元気がなかったのね。先代の園長が、園長飲めないのに、1杯やろうって誘ってくださったの。私、めちゃくちゃに飲んでね」  ふっと、主任は微笑んだ。 「たしか、もう無理ですって言ったのよ。もう仕事できませんって。そしたら園長、それは困るって、眉間にシワ寄せてね。子供達も僕も、あなたを頼りにしている。あなたがいないと困る。お願いだから辞めないでくれって。あの子を引き受けたのは僕です、あなたは一生懸命やってくれた。あの子も僕も幸せだった。あなたはこれからも、子供達に幸せをあげられる人だ。元気じゃなくてもいい、辛ければお休みしてもいいから、辞めるなんて言わないで。僕と子供達のために。って言われて……なんか、不思議と力が湧いてきてね。園長に頼りにされてるのに、逃げるわけにはいかないって思って、自分のことはさておき、子供達と園長のために仕事しようって踏ん張ったの。私、先代が大好き。あなたもそうじゃない?そんな感じがするけど」 「はい。先代大好きです」  ちょっと照れた。 「今日誘ったのはね、先代の声掛けもあったのよ。まあ、なくても誘うつもりだったけど」 「え?先代が?」 「そう。あなたがだいぶこたえてるようだからって。お酒でも甘いものでも、ゆっくり楽しんできてくれって。お金も預かってきてるのよ。で、経費ってわけなの」  先代は、いつ私の様子をご覧になったのだろう。 「痛々しいっておっしゃってたわ」  玉子焼きをつまんで、ビールを飲んで。主任は健啖(けんたん)だった。 「笑っているけど、目の奥が沈んでいる、子ども達を不安にさせないように振る舞っているんだろう、健気な先生だって。ありがたいけど、とても心配だって」  私は言葉もなくビールを飲んだ。  先代にご心配をおかけしていたとは、なんて未熟なんだろう。自分にガッカリする。 「あのね、私には何言っても大丈夫だから、愚痴でも何でも。他へ漏らしたりしないから。だから……」  私は辛うじて頷くことしかできない。 「今日はね、それだけ言いたくて誘ったの」  主任は後は、グイグイ飲んで食べた。  私も少し飲んでたくさん食べた。  もう1人の私が傍で見ていた。
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