帰ってきたかぐや姫

3/3
前へ
/3ページ
次へ
「だから、言っとるじゃないですか!この子は人じゃないんです!生きとります、人の形をしとります!でも、生物として人ではないんです!」 「どういうことですか?!人じゃないとか、有り得ないでしょう!」 「有り得んですよ!だけど、人じゃないんです!障害とかの範疇に収まらんのですよ!根本的に人とは違うんです!なんというか、これではまるでかぐや姫だ!」 昔の名前を呼ばれて、かぐや姫は目を覚ました。あくまでも、かぐや姫というのは前に人間界へ来た時の名前だ。人間界へ戻り、何となく人間らしい感情を掴み始めた気がしたようだ。翁と媼が恋しいと思えた。しかし、先程の嫗に似た女がいないと気がついて、彼女は落胆する。ちなみに、彼女の周りにいるのは二人、地方出身天才小児科医の女と、出世街道を走る警官の男だ。二人とも、三十路前後である。 「ほら、こうしてる間も、どんどん大きくなってるんです!」 「なんてことだ……。」 警官は、頭を抱えた。赤子が入っていた箱は光っていたと彼は聞いていた。しかし、その光源がどうも見つからないというのだ。その上、赤子は異常な速さで成長を続ける。まるでかぐや姫、とはよく言ったものだと彼は思った。 (どうするんだよ。こんなの、どう報告すれば。それに、この子は生きていけるのか?) この子がどうなろうが、彼には関係ない。しかし、どうも気になった。この成長スピードならば、かぐや姫のように成長するならば、3ヶ月で大人となるだろう。しかし、知能が発達するとは言えず、心がまだ赤子のままだったら。体のせいで、幼稚園や小学校には行けないかもしれない。児童養護施設にも入れないかもしれない。どうやって生きていくというのだ。悩んでいてもいつかは報告しなければならない。今回は事が事であるし、先に上司に電話を入れておくことにした。小児科医に断りを入れて、電話をかける。 「もしもし、松川です。例の新生児ですが、病院によると体の構造に何らかの問題が……。はい、すいません。以後気をつけます。病院によると、人の形をしているが、人ではない体の構造だそうです。異常な速さで成長を続けているそうです。はい、はい、それが本当なんです。嘘だと思うなら會澤さんも来てください。はい、失礼します。」 警官────松川灯(まつかわともり)は溜息をつく。途中で上司の會澤に怒られるし、會澤もここへ来ることになってしまった。 「あの、少しカッとなってしまってすいません。別室にご案内しますから、そこでお茶でもどうぞ。」 小児科医はそう言う。さっきの方言は使わないのだな、と松川は思う。松川は東京出身だ。それなのに何故京都で警官をしているかと言われれば、単に京都が好きだからという理由しか存在しない。いくら京都が好きでも故郷は恋しくなるもので、同じく別の場所からきたであろう彼女に、何となく親近感を抱いていた。 「お気遣いありがとうございます。新生児の前で長居してもいけませんし、お言葉に甘えてそうさせていただきます。」 「では、ご案内いたします。」 整然とした大学病院の廊下を歩く。病院という命を預かる場所である故にかどこか無機質な雰囲気があって、松川はあまり病院が好きではなかった。 「どうぞ。」 応接室、と書かれたその部屋は、重厚感のあるドアで仕切られていた。小さな部屋で大きな窓もあるが、庭木の多い中庭に面していて外からは見えないようになっている。外部の音も聞こえにくいことから、かなりなあと松川は思った。松川と小児科医が部屋に入るとすぐに、事務の女がお茶を運んで来た。彼が茶に口をつけるとすぐに、小児科医は喋り始める。 「改めまして、当院で助教として小児科医をしております、梅月綴(うめつきつづり)と申します。」 「ご丁寧にありがとうございます。京都府警の、松川灯です。」 「まず、例の乳児のことについてご説明いたします。」 「ああ、それは上司が来てからでお願いしても宜しいですか?2回説明することになりそうなので。」 梅月は、「あら。」と言って小さく笑う。梅月は、小さい頃から天才児と言われていた。医学を志してからは必死に勉強し、京都に出て医学を学んだ。研修医、大学院、専攻医など自分の人生を完成させるために必要なキャリアを、一つ一つ最短年数でこなした。大学院での研究成果も申し分なく、上層部からも一目置かれる期待の新人である。その上、上司を立てることも忘れないし、後輩やほかの医療従事者に対しても心優しいと来た。もはや、ここからの大出世は間違いないのだ。そんな彼女に舞い込んできたこの乳児。短時間ではあるが、できる限りの検査はした。すると、そもそも人間とは違う生物であると見られたのだ。上司にも相談したが、上司も目を丸くしたのだから間違いない。彼女は思った、厄介事を押し付けられた、と。こんな事例、どこにも見た事がない。だからといって人の形をしている以上、研究材料にする訳にもいかず、下手すればインチキ研究者とレッテルを貼られて出世できなくなるかもしれないのだ。 (どうするべきか。) 正直、研究者としての好奇心が疼く。これは上司に関しても言えることだろう。しかし同時に危険すぎた。だから下っ端の自分に押し付けられたのだが、患者である以上見放す訳にはいかない。治療をすることも出来ないし、これからどうなるかも分からない。この乳児がどう生きていくのかも分からない。好奇心と良心、それから自分の将来への不安が渦巻いていた。 「失礼します。遅くなりました、京都府警の會澤です。」 會澤は警察手帳をサッと見せて、ソファへ向かう。松川は元々上座を空けていたので、會澤はそこへ座った。 「お二人とも揃ったことですし、例の乳児についてご説明いたします。担当直入に言いますと、あの乳児は人間と似て非なるものです。もう少し詳しい検査が必要になりますが、間違いないでしょう。人間との相違点として、異常に成長が早いです。このままいくと、体の大きさは5日で1歳程度、3ヶ月もしないうちに15歳となるでしょう。そして脳の発達についてですが、我々は人間と近しい知能を持つことが出来ると予測しております。脳の容積が人間と近い。2つ目は、器官の形が人間とは少々異なります。これに関しては人間においても個人差があるのでなんとも言えませんが、それを考慮しても大きく異なります。そして3つ目の相違点ですが、殆ど泣きません。おそらく、人間と違う発達を遂げるのでしょう。」 「はあ、そうですか。」 會澤は、まさに目が点になっていた。本当にかぐや姫では無いか、と。箱の光源は未だ見つかっていない。それどころか、警察署や病院の周辺で、今日だけで二個の光る箱が目撃されている。それでもってその幼児は成長が異様に早いと来た。これがかぐや姫では無いのなら、なんだと言うのだ。いや、光る箱の件だけならまだ愉快犯だと思えた。しかし、その乳児が人間とは違う生き物だと言われたら、かぐや姫と考える他ない。會澤には、隣でメモを取る松川が哀れに思えてくる。 「精密検査が終わりましたら、またご連絡いたします。乳児は、とりあえずは私共が責任をもってお預かりいたします。」 「はい、では今日はこれで失礼します。」 事務の女に病院の外へ案内され、松川は車へ戻ろうとした。すると、會澤は手招きし、自分の車に乗らせる。 「松川、今日は車を戻したら家に帰れ。」 「どういうことですか?まだ色々起きるのでは。」 「いや、もう進まんねん。とりあえず、明日に土地の持ち主や発見者に話を聞いたり、鑑識を向かわせたりするが、今日はもう進まん。これから何か起こることもあらへんやろうって。」 「了解しました。」 松川は上司の乗る車を出て、自分の乗ってきた車に乗った。今宵の空は、月が雲に隠されている。信号の光さえも、ぼんやりとしているように見えた。満月の日であるのにと、松川は遺憾と言わんばかりの表情をする。心労の多い日は、月を見て癒されるのが松川の流儀であった。特に、東京の空は星が見えない。それ故に月を眺めた。京都でもビルの多い場所だと星を見るのは厳しいが、少し外れに出ると星が見える。それでも月を見るのは、一種のノスタルジーなのだろうか。仕方が無いので、署に車を置いたあとにコンビニによって、ワンルームのソファに座って生ハムを片手にビールを飲み干した。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加