伸びれども、伸びれども

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 アイツの事は、物心ついた頃から知っている。まだアイツが、よちよち歩きの子供の頃から、私よりもずっと背が高かった事も今でも鮮明に覚えている。  だが、私は、そんなアイツとすぐに仲良くなったのだった。  そして、その頃から私とアイツは、時間が合えば一緒に遊んだし、一緒に過ごす事が多かった。しかし、同い年のはずなのに、一年経っても二年経っても身長の差は縮まらなかった。それどころか身長差は、どんどん開いていったのだ。  別に身長が負けていて悔しいとか、身長で勝ちたいなんて思った事は、一度もなかったのだが、幼稚園の年長さんになる頃には、どんどん背が伸びてゆくアイツを見ながら、『アイツの身長に追いつきたい!』と、強く思うようになっていた。  そして私は、よく両親に『アイツの身長に追いつくにはどうすれば良いのか』と、聞いていたが、その度に両親は、困った顔をして『お前は女の子だからな…』とか『大人になったらそんな事気にならなくなるんじゃない?』などと言って、はぐらかしていたのを、今でもよく覚えている。  私は、小学生になるとバスケットボールを始めた。身長が伸びると聞いたからだ。確かにその(うわさ)は本当で、私の身長は、みるみる伸びていった。高学年になった頃には、同級生の女子の中で、一番背が高くなっていた。(今、思うと成長期の影響が大きかったと思うのだが…)  だが、それはアイツも同じだ。アイツだって、小学生の間にもグングンと身長を伸ばしていった。そして、私との身長差は、卒業の時には、縮まるどころか、前にも増して広がっていたのだった。  中学を卒業して、高校生になった私は、まだバスケットボールを続けていた。もちろん当初は、身長を伸ばす為に続けていたが、高校生まで続けているバスケは、もちろん好きなのだ。そして高校は違えど、アイツも何故か高校からバスケを始めたので、私はそれが嬉しかったし、高いモチベーションで部活をする事ができたのだった。  高三の秋。部活も終わってしまい、私の私生活は、受験勉強中心の毎日になっていた。息苦しく憂鬱(ゆううつ)な日々に嫌気がさすのは、単調な受験勉強だけが原因では無かった。いや、むしろアイツとの関係が原因の大半である…。  私は今日も、いつもの河川敷で夕日を眺めていた。この時だけが、変わらない毎日と変わらない現実に潰されそうな私の心を癒してくれていた。  そして、いつもの様に昔の思い出に(ふけ)る。『アイツとここで、よく話したな…』『ここで、よく遊んだな…』などと…。  そんなふうに時間を潰していると、やはり今日もアイツは、やって来た。遠くからでもすぐ分かる。アイツは、私と違って大きいからな…。 「よう。今日も元気そうだな」  コイツは、やはり今日もいつもと同じだ。私の気持ちなんて、まるで知る(よし)もない様子で、話しかけて来る。 「まーね。アンタこそ相変わらずの馬鹿面ね…」  私は、ムスッとして、いつもの様に嫌味と(ひが)みの言葉を吐く。 「おいおい…。いつもながら容赦ねーな…。お前には、いつもオレは、そう見えてるのかよ…?」  私は、顔が真っ赤だったが、コイツは私の気持ちなんて、気付きもしてないだろうし、近くにいても私の顔色なんかに気づきもしないのだ。今まで、いつもそうだったから…。  だが、今日に限ってコイツは、私がプイッとそっぽ向いていると、いきなり私を持ち上げて来たのだ。 「わっ、わっ…!ちょっと…!いきなり何よ…⁉︎」  そして、普段は気付きもしないくせに、私に言ってきた。 「あれ…?なんか、顔赤くね…?」  私は驚いた。初めてそんな事を言われたものだから、真っ赤な顔をさらに真っ赤にした私は、虚勢(きょせい)ながら強がった。 「べっ、別に赤くなんかないわよ…!夕日が映ってるだけよっ…!」 「ふーん。そっ…。ま、いーや。たまにはこうやって、ゆっくり話でもしよーぜ」  そう言うと身長185センチのコイツは、いつもの様に嬉しそうに自分の話をし始めた。そんなコイツの横顔を、身長20センチの私は、コイツの肩に乗ったまま聞いている。この上無い嬉しさと、どうしようも無い現実との(はざま)で…。  私の身長は、一年前からほぼ変わっていない。それはアイツも同じであった。でも、私とアイツには、身長差以上に絶望的に大きく、絶対に埋まる事はない種族としての(へだ)たりがあるのだ。いくら私が、コイツのことを(おも)おうが、仮にコイツが私の事を想っていようが、その摂理(せつり)は絶対なのだ。  それが、人と小人をはじめ、あらゆる種族が共存するこの世界の、種族間での絶対の(おきて)と現実なのだから…。終
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