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第10話
伊達は自宅に帰ると地図を取り出してを広げた。
品川の麻理の家を中心にして浦安に接する円を描きその外側にもう一つ、一回り大きな円を描くとそれをじっと眺め、
「この範囲で目撃者を見付けられればその先どこに向かったか予測出来るかも知れない」そう呟くとスマートフォンを手に取ってペット探偵の藤岡へダイヤルする。
「藤岡です!」すぐに元気な声が返ってきた。
「今どの辺りを捜索していますか?」開口一番に伊達が訊ねると、
「浦安から10キロ圏内を捜索中で今は葛飾区にいます。そのあと松戸、船橋と捜すつもりです!」早口で答えが返ってきた。
話から藤岡も同じような事を考えていると分かり、
「じゃあ僕は海側、市川から船橋の辺りを捜しますよ」そう言うと、
「分かりました、お願いします!」藤岡は短く言って電話を切った。
藤岡が内陸から捜索しているのを知った伊達は海側から目撃者を探すことにしてJR京葉線で市川へ行くと倉庫が沢山立ち並ぶ場所にやってきた。
大小様々な倉庫が並ぶ道路を歩きながら出会う人へ手当たり次第に聞き込んでみたが収穫はなかった。
何の収穫も得られず焦り始めた頃、シャッターの上に『麻雀卓販売』の看板が掲げられた小さめの倉庫に人が出入りしているのを見つけてそこへ近づいていく。
すぐ前に停めたトラックへ積み込まれるのを待つように透明なビニールを被せられた数台の麻雀卓が入り口に置かれている。
40歳くらいの男がトラックの荷台から降りて来て倉庫に入ろうとするのを呼び止め、
「こんにちは。迷い犬を探しているんですが、こんな犬を見かけませんでしたか?」伊達が訊ねてみると忙しいのか、
「中の事務の女性に聞いて」と面倒くさそうに応えてシャッターの横の扉に消えてしまった。
男が言った女性事務員を倉庫の入り口から捜すと、10メートル程先にデスクで作業している50歳くらいの女性を見つけた。
「済みません、迷い犬を捜しているんですが」伊達が手にした写真を見せながら尋ねると、
「あ、タロちゃんの飼い主さん?」すぐにそう訊き返してきた。
「この犬を知っているんですね?」予想していなかった返事に驚きながら写真を手渡すと、
「私も犬を何匹も飼ってるから判るのよ。確かにこの写真はタロちゃんね」と納得した表情で首を何度も縦に振り、「1週間位ここに居たけど、何処かに行っちゃったのよ…」と残念そうにして、「戻ってきたらすぐにお知らせしますよ。この番号でいいの?」犬の下に赤い文字で印刷されている電話番号を見て言った。
その事務員は突然何かに気付いたようにした後、急に顔を赤らめ、
「あら、いやだ。私が勝手に付けた名前で何回も呼んじゃったわ…。タロちゃん、本当は何て名前なの?」少し恥ずかしそうに訊く。
「コジローといいます。では、見かけたら連絡をお願いします」伊達が頭を下げると、
「私は村井といいますが、他の従業員にも良く言っておきますね」女性事務員は慰めるように言った。
倉庫を後にした伊達は品川から浦安を経由してここへ来るルートを頭に描いてみるが、それだけではその先どこへ向かったのか全く判らなかった。
とりあえず藤岡に連絡してコジローが市川に来た事を伝え、明日から湾岸地域の捜索を頼んでおく。
また、浦安と市川はコジローにとって何か思い出のある場所かも知れないので青木の診察に同行して確認する事にした。
次の日、2人で病院へ向かいながら、
「最近、麻理ちゃんの具合はどうですか?」伊達が尋ねると、
「好不調がハッキリ出て来て精神的にすごく不安定な状況です。もし症状が悪化するようなら退院は注意深く様子を見てからにしなくてはならず、大分先になってしまいます」深刻な顔で青木が答えた。
病室で再び麻理と顔を合わせた伊達は
「こんにちは。コジローの目撃者を2人も見つけたよ!」開口一番にそう言うと、
「えー、じゃあ見つかりますね!!」キラキラした目で伊達を見た。
地図を取り出して見せながら、
「それで麻理ちゃんに訊きたいんだけど、浦安と市川にコジローを連れて行った事があるかな?」そう訊ねる伊達に
「いいえ、行ったことはないです…」記憶を辿るようにして言い、「コジローがそこにいたんですか?」と不思議そうにした。
「うん。その2ヶ所で目撃されているんだ」そう言って「じゃあ、その先を海沿いに捜してみるかな…」独り言のように呟くと、
「何故そこまでしてくれるの? 伊達さんは警察の人じゃないんですよね?」麻理が急に神妙な面持ちになって訊ねる。
「家族のようなコジローと離れ離れになってしまった寂しさが、どんなものか良く解るから捜してあげたいんだ」伊達が言うと、
「解る…、って?」麻里が分からないという表情を見せた。
「僕は冬山で遭難して記憶喪失になり、家族が何処の誰だか判らなくなってしまったんだ。家族が僕を捜しているかも知れないけど凍傷でダメージを受け、再建した今の顔が別人では…」寂しそうに話すと、「僕の記憶が戻らないからどうにもならないんだ…」伊達は下を向いた。
「……………」麻理も悲しそうな顔で下を向き、しばらく黙っていたが思いついたように顔を上げると、
「じゃあ、青木さんに記憶を掘り起こして貰えば?」と青木を見ながら言う。
「何度も試したけど、自分の名前すら思い出せないんだ…」青木が首を横に振ると、
「伊達圭一という名前は青木さんが付けてくれた仮のものだけど僕はかなり気に入っているんだ」伊達は敢えて明るく言ったが、
「名前まで…失くして…」麻里はショックを受けて落ち込んでしまった。
これ以上麻理をがっかりさせないようにと思った伊達は
「とにかく、コジローは何処かで元気にしているとわかったんだ! 必ず捜し出すから諦めずに待っていてね!」元気よく言って病室を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
精神を休めるために記憶転送の仕事はせず、コジローの目撃者探しに専念していたが3週間経っても進展がなく、焦り始めた伊達は浦安と市川の目撃記憶を転送してもらおうと考え、目撃者の2人に青木の医院まで来て貰うことにした。
浦安から来た、柳沢と名乗る70歳位の男性に
「遠くからご足労頂きありがとうございます」伊達がお礼を言うと、
「毎日暇で、やらなきゃならない事は犬の散歩くらいだから…」笑いながら言った後、伊達に耳打ちするようにして「日当が2万円もらえるって話だったし…」と何故か声を潜めて言った。
伊達は日当を払うと言ったのではなく記憶を2万円で買い取ると伝えた筈だと思ったがその金額を確認しておきたいようだったので男性の言葉に頷いた後、
「では、こちらにお願いします」転送部屋に案内するとすぐに青木がその男性と伊達に転送用のヘッドギアを装着し、続けて酸素マスクを着ける。
伊達はベッドに横になるといつものように精神安定剤のタブレットを3錠口に放り込み目を瞑った。
転送を終えた柳沢が帰ると時間をずらして約束しておいた、村井という市川の倉庫の女性事務員がやって来た。
伊達の顔を見るや否や、
「2万円で記憶を買ってくれるなんて嬉しいわ。他に買ってもらえる記憶はないかしらね」などと言いながら嬉しそうに協力して帰って行った。
伊達が2人から転送された記憶を思い出しながら確認してみるとその中にいたのは確かに写真と同じ赤い首輪をしている犬で、コジローに間違いなさそうだった。
その後何処へ向かったのかについては何の手掛かりも得られなかったがコジローが何かをじっと見ている場面が両方の目撃記憶の中にある事が分かった。
その視線の先には一体何があるのかと気になった伊達がもう一度転送記憶を思い返して確認すると、市川と浦安の両方の目撃記憶にフィルムが貼られて窓が黒く見える、紺色のワンボックスタイプの商用車が駐車していた。
コジローが本当にそれを見詰めていたのかは分からなかったが、後で記憶を掘り起こす時の為にそれらの内容を青木に伝える。
伝えた内容を青木がパソコン内に保存し終えると
「ところで品川の事件、その後捜査が進展したかどうか知ってますか?」伊達は話しを変えた。
「先日、別件で吉田警部に会いましたが苦労しているようでしたよ。署では目撃者でもある被害者をわざわざ生かしておくその手口が警察に対する挑戦だと受け止め、犯人逮捕に闘志を燃やしているようですが…」青木は捜査に進展がない事を残念がりながら話した。
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