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第11話
その日の夜、光明園の片瀬から伊達のスマートフォンに着信があり、
「圭くん、17歳の記憶はどうだった? 役に立ったかしら?」繋がるやいなや心配そうに訊ねてきた。
「記憶の内容は楽しいものばかりで申し分なかったんですが、再転送しようと考えていた少女に要らないと言われてしまいました。協力して頂いたのに結果を報告出来なくて済みません…」伊達は正直に答えた。
「事件で傷ついてしまった心はそう簡単には治せないわね…」片瀬は残念そうに言うと、「ところでその少女、退院後の行き先は決まっているのかしら?」思い付いたように訊ねる。
「青木さんが先日、その少女は精神的に不安定で退院は大分先になるだろうと言っていたばかりなので、行き先が決まっている筈はありませんが…」伊達が答えると、
「ウチで預かっても良いけど、どうかしら? 病院に長くいるのもなんだし、病室よりここの個室の方が良いでしょう。青木さんなら私も良く知っているしね…」施設の園長らしく麻里の事を気に掛けていてくれた。
光明園は以前自分が暮らしていた施設でどんな所か良く知っていた伊達はそこなら申し分ないと思い、
「ありがとうございます。そちらで受け入れてもらえるなら心配ない、明日本人の意向を確認してきます!」喜びながら訊ねると、
「病院で回復を待つよりここの方が良いと思うわ。こちらはいつでも受け入れられるようにしておきますね」
片瀬はいつもの優しい声でそう言った。
早速、片瀬から受け入れの申し出があった事を青木に伝えると、
「園長さんが心配するように、私もこのまま病院にいるのは良くないと考えているんです。片瀬さんは昔からの知り合いですし、彼女の事を考えれば病院より光明園にいる方が回復も早いでしょう」と了承してくれたので、伊達は翌日の診察に同行する事にして話を終えた。
青木との電話を終えた伊達は天井のスピーカーへ向けて、「テレビ、オン!」と話しかけ電源を入れる。
「ニュース!」と再び話しかけると画面にチャンネルリストが表示され、その中の「5チャンネル!」と声に出すとニュースが映し出された。
しばらくの間、消費税の新たな制度についての話が続いていたが突然、「ポロンッ」と速報の為の電子音が鳴り、
「只今入ったニュースですが、港区で殺人事件が起きた模様です! 現場から中継します!」とアナウンサーが早口で告げて現場のライブ映像に切り替わった。
ブルーシートで覆われたマンションの住戸と鑑識課の職員が映し出される中、4人の内1人は子供で既に病院に運ばれ、他の3人は死亡した模様だと現場の実況が興奮気味に伝える。
コーヒーを淹れようとキッチンへ行く途中でテレビの画面に釘付けになった伊達は現場の中継映像に吉田警部の姿を見つけ、
「くそ、またやられた!! きっと奴らに違いない!」思わずそう叫んだ。
ニュース速報が終わると画面は税金の解説に戻ったが伊達は再び事件が起こっしまった事で大きな無力感に包まれていた。
やがて、麻理の転送記憶の中にいた犯人の顔が頭の中に蘇り、無性に腹が立ってくる。
その怒りが次第にに大きくなってくると、
「大人が子供を傷付け、他の大人がその子を助ける…」
「そしてまた別の大人が別の子共を傷付け、違う大人が助ける…」伊達は呟き始める。
「どうしていつまでも同じことを繰り返しているんだ!」
「我々大人は、一体何をやっているんだ!」
「何故なんだ!」と徐々に声が大きくなっていく。
「我々大人はー! いったい、何を考えているんだー!!」
「本気で終わらせる気はあるのか!!」
「それとも終わらせたくないのかー!!」
「どうしたいんだぁーー!!!」と、ついに怒鳴り始めた。
気が付くと、伊達は大声で叫びながら固く握った拳でソファの背を殴っていた。
10分ほど両手の拳で殴り続けているとようやく怒りが収まってきたのでそのまま仰向けでソファに倒れ込み、しばらく何も考えずに宙を見つめていたがやがて、麻理が抱えているのと同じ苦悩が伊達の心にも広がり始めた。
品川の一家殺人事件では麻理の精神的ダメージを考慮した警察が事件の記憶を思い出させるような事情聴取はしないと決め、代わりに事件記憶の全てをメモリーハンターの伊達に転送する方法を採用した。
品川の一家殺人事件では麻理の精神的ダメージを考慮した警察が悲惨な記憶を思い出させる聞き取りをやらないと決め、代わりに事件記憶の全てを転送した伊達から聴取する方法を採用した。
警察の事情聴取を受けた伊達は転送された記憶の内容をひとつひとつ思い出しながら、事件の一部始終について丁寧に話したのだが実は全てを明らかにしたわけではなかった。
本来、転送された事件記憶の内容は全て警察へ話さなければならないのだが、伊達にはどうしても明かせない部分があったのだ。
それは麻理が犯人の2人にレイプされていた事だった。
警察の聴取を受けながら、それが明るみに出るとどんな立場に立たされるか考えた伊達は17歳という麻理の年齢を鑑み、自分で明かす方が精神的なダメージが少ないだろうとレイプの事については一切話さないことにしたのだった。
これまで、全てを明らかにする事が事件の早期解決に繋がると考え、レイプや他のどんな事でも躊躇なく話してきた伊達だったが今回は理由もなくそれができなかったのだ。
そんな、麻理と伊達しか知らない事実がその2人の中で徐々に大きく、重くなっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
青木に同行して病室を訪れた伊達は麻理が診察を受けるのを黙って見ていた。
しばらくしてそれが終わると早速、話を切り出す。
「入院も大分長くなって退屈だよね。僕は記憶喪失になった後、光明園という施設にいたんだけどそこの園長さんが気遣ってくれて、麻理ちゃんを受け入れると言ってくれたんだ」と明るく言い、「どうだろう?、病院にいるより良いと思うんだけど…」ベッドに横になっている麻理に優しく話す。
「…………………………」麻理は伊達と反対向きに寝返り、そのまま黙っている。
「園長さんは優しいし、スタッフも信頼できて良い人ばかりだから心配は要らないよ」背中を向けてしまった麻理を見て、そう付け加えた。
するといきなり、
「優しい? 良い人ってなに?!」反対向きに寝たまま顔だけ伊達の方に向け、怒ったように言う。
呆気に取られた伊達が青木を見ると苦笑いしながら小さく顔を横に振った。
「また同じ事件が起きたって知ってるわ! いつまで経っても犯人を捕まえられない警察なんて、何の役にも立たない!」怒鳴るように言うと掛けていた毛布を頭の上まで引き上げ、「コジローだって未だに見つからないし…」今度は悲しそうに呟く。
返す言葉が見つからない伊達はどうする事も出来ず青木に助けを求めたがこういう事がよくあるのか諦め顔で再び首を横に振った。
「また来るから考えておいてね。園長さんはいつでも良いと言ってくれたから…」
伊達はやっとのことで言葉にするとそこにいる事に耐えられず、青木を残したまま1人で病室を出た。
廊下で深呼吸をしていると青木が出てきて、
「伊達さん、大丈夫ですか? 最近はいつもこんな感じで…、たまに機嫌が良い時もありますけど…」苦しい顔をしている伊達を心配しながらそう告げた。
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