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第12話
青木と別れて自動運転タクシーを拾った伊達は自宅へ向かいながら、どうしたら麻理に話を聞いて貰えるか考えていた。
突然スマートフォンが鳴り出し、名前でなく番号が表示される。
誰かと思いながら通話ボタンを押すと、
「村井ですが、戻ってきたわよ! タロちゃん…、じゃなくてコジローね!」伊達が何かを言う前に倉庫の事務員が元気な声を響かせた。
「今、コジローはそこにいるんですか?」伊達が少し驚きながら返事をすると、
「私があげた餌を食べていたけど、暫くしたらいなくなっていたわ」と村井は残念そうに言う。
「すぐ、そちらへ行きます」伊達が電話を切り、「目的地変更。市川市塩浜」行き先変更を告げると自動運転タクシーはすぐにUターンして方向を変えた。
倉庫の前で自動運転タクシーを降りると計ったように村井という女性事務員がシャッターの横の扉から出てきた。
「あら、早かったじゃない。コジローはまだ戻ってないみたいね」隣との境界辺りにあるコンクリートの地面を見て言う。
「そこにいたんですか?」伊達がそう訊くと、
「あそこに伏せて、向こうをじっと見ていたのよ」その方向を指で示しながら説明する。
「何を見ていたんですかね?」気になって訊くと、
「分からないわ、遠くの方を見ていたようだけど…」自信なさげに答えた。
このチャンスを逃したくないと思った伊達は村井に
「その記憶を転送してもらえませんか?」少し焦りながらお願いすると、
「じゃあ今からでもいい? 今日はもう仕事が終わって暇なのよ」待ってましたとばかりにそう言った。
伊達はコジローが戻ってくるかも知れないこの場所で何か手掛かりを探すべきかと迷ったがとにかく村井の記憶を見てみたくて、転送をお願いする事にした。
スマートフォンで青木の医院に連絡すると、院長は留守だが転送は可能だと言うので予約を取ってすぐに村井と共に自動運転タクシーで向かった。
車の中でペット探偵の藤岡に電話をかけると、
「はい藤岡です。松戸周辺を聞き込み中です」すぐに返事が返ってくる。
「今日コジローが現れたんですが、また何処かに行ってしまったんです」伊達がそう告げると、
「では、今からその場所へ行って張り込みます」すぐに返してきたので詳しい場所を知らせて電話を切った。
窓から外の景色を眺めていた村井は話の内容を聞いてたらしく、
「大勢でタロちゃんを捜しているのね。あ、コジローだったわね!」電話が終わるとそう言って笑ったが伊達は言葉を交わさず、笑顔を返しただけで窓の外に視線を移した。
頭の中では今日、病院で麻理に言われた事を思い出していた。
その言葉はまるで、大人は子供を傷つけるばかりで役に立たないのだと言っているようだった。
たしかに麻理が言う通り、自分達大人は犯人を捕まえられないしコジローも見つけられないと焦りを感じていた伊達はこのチャンスを生かして『役に立たない大人』の汚名を返上したい気持ちで一杯だった。
スマートフォンが鳴って我に帰り、手に取ってみると電話の主は青木と表示されていた。
「伊達です、無理を言ってすみません」突然の予約に驚き、連絡してきたのだと思って先に謝ると、
「いえ、大事な転送を私が行えず申し訳ありません。発掘が必要になった時の為にメモリーマイナーも待機させておきますので安心してご来院ください」逆に青木が恐縮しながら言う。
「見たばかりの記憶だから発掘は必要ないかも知れませんが、そうして頂けると助かります。結果はまた後日お話します」伊達は礼を言って電話を切った。
青木の医院に着くとスタッフが準備をして待っていてくれたお陰で転送は15分ほどで終わり、村井は伊達が渡した記憶転送代の2万円を持って鼻歌を歌いながら帰っていった。
転送された記憶の中で赤い首輪をしたコジローは餌を食べた後、村井が示した場所に伏せていた。
こちらへ背中を向け、コンクリートの地面に伏せて遠くのものを見詰めているようだったが、その光景は倉庫街の道路に数台のトラックが駐車しているだけのありふれたものだった。
すぐに倉庫へ戻ってしまった村井の記憶は短くそこで終わってしまった為、記憶転送は空振りに終わったと諦めそうになった時、伊達は初めてコジローの真横に停まっている車に気付いた。
記憶の中ではボディーの前半分しか見えていなかったが、それは浦安と市川の目撃記憶の中で見たのと同じ、フィルムが貼られて窓が真っ黒に見える紺色のワンボックスだった。
遠くを見ていたのではなく、その車を見張るようにピッタリ寄り添って伏せていたのだと直感した伊達は理由は分からないがコジローがその車を追って浦安や市川に現れたのだと思った。
コジローや紺色のワンボックスがその後どうなったかは分からなかったが、とりあえずその記憶の内容をスタッフに説明し、後で掘り起こす時の為に保存して貰っているとそこへ青木が帰ってきた。
「早めに終わったので間に合うかと思い、急いで戻って来ました」額に汗をかきながらホッとした表情で言うと、「コジローの目撃記憶はどうでした? 何か手掛かりはありましたか?」期待に満ちた顔で尋ねる。
「お時間があるなら、ゆっくり説明しますよ」伊達がそう言うと青木は嬉しそうな声で、
「じゃあ院長室で聞きましょう…」と、床に置いた鞄を手にして先を歩き出した。
院長室のドアを閉めた青木は伊達を応接セットに座らせ、自分もテーブル越しにのソファに腰をおろす。
伊達は青木がソファに腰掛けると、
「確実ではないんですが、コジローは目的を持って移動しているようなんです」すぐに話し出した。
「そこまで判ったのなら、すぐに見つけられますね」嬉しそうにする青木に、
「いえ、また何処かへ行ってしまいました」伊達が返すと、
「そうなんですか…」今度は残念そうにする。
「でも、その何処かはワンボックスの行く所と同じかも知れないんです」伊達が意味ありげに告げると、
「どういう事です?」青木がソファのテーブルに乗り出した。
「浦安と市川の目撃記憶の中で見たワンボックスが今日の記憶にもあったんです。理由は分かりませんがコジローはその車にピッタリと寄り添っていました」その先何を想像するのか知りたい伊達がそこで話しをやめると、
「じゃあ、その車はもしかして犯人?…」すぐにそう言い、「警部に話してみたらどうですか?」と真面目な顔で続けた。
「いや、犬が犯人を追いかけるなんてドラマか小説みたいで本気で取り合ってくれるとは思えません」伊達は笑ったが、
「私は伊達さんの直感を信じますよ。とりあえず情報として知らせておけば、後で何かの役に立つかも知れませんよ」変わらず真面目な顔で告げる。
青木のあまりに真剣な表情を見てその気になった伊達は、
「港区の事件も転送が必要かも知れないから、その確認を兼ねて連絡してみましょうか」そう言ってスマートフォンを手に取った。
「伊達です、お忙しい所すみません。今、話せますか?」少し遠慮がちに訊くと、
「お世話になります。署内のデスクにいるので大丈夫ですが」警部は忙しいのか早口で答えた。
「港区の事件、転送はやりますか?」伊達も早口になって訊くと、
「今回はその手口から同一犯として捜査することになっていますので今のところ転送は不要です」あまりにも事務的な口調で答えるのでその先を話し辛くなった伊達が、
「実は今、青木さんの所から電話しているんですが…、コジロー捜しの中で気になる事が見つかったんです…」躊躇しながら告げると、
「コジロー捜しで?、…ですか?」警部はその困惑を隠そうとはしない。
その返事に動揺し、ますます話しにくくなってしまった伊達だったが、
「コジローの行く先々でワンボックスタイプの商用車が目撃されているんです」と意を決して一気に話すと、
「えっ、 コジローが!?、それはどこでですか? いつですか?」今度は警部が明らかな動揺を見せ、
「今からそちらに伺ってもよろしいですか? 話を聞かせてもらえませんか?」と矢継ぎ早に訊いてくるので、
「ええ、お待ちしています」思わず答えるとそこで電話が切れた。
「これから来るんですね?」会話を聞いていた青木が訊ねる。
「ワンボックスの話をしたらかなり慌てていました。すぐ行きますと言うのでつい、青木さんの予定も聞かずに…」伊達が苦笑いしながら話すと、
「もう閉院の時間だし、後の予定はないから私も付き合いますよ」青木はそう言って本気で笑った。
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