6人が本棚に入れています
本棚に追加
第13話
「詳しく聞かせてください」20分後、青木の医院にやってきた吉田警部は院長室のソファに座るや否や、目を輝かせて言った。
伊達は浦安でコジローの目撃者を見つけた事と、その目撃者の転送記憶の中でワンボックスを見た事を話した。
そして今日、市川の目撃者から転送して貰った記憶の中にも同じワンボックスの商用車があった事と車の詳しい特徴を伝えると警部はすぐにスマートフォンを取り出し、
「市川市塩浜3丁目へ直ちに出向願います。目印は『麻雀卓販売』の看板、隣の倉庫にはホシが潜んでいる可能性があるので気付かれぬようにしてください」警察無線で聞いた事のあるような口調で署へ連絡する。
「そちらでも何か掴んでいたのですね? 紺色のワンボックスについて…」伊達がそう訊ねると警部は少しの間考えてから、
「疑いのある数台の車を追っていて、その内の1台は伊達さんが転送記憶の中で見たものだと思われます」と言い、再び何かを考えるようにした後、「その車は時々手動運転に切り替えているらしく、自動運転システムのGPS通信履歴では追尾出来ずに行方が全く分からなかったんです」と続けた。
伊達が転送記憶からはコジローと共に紺色のワンボックスが浦安を1回、市川を2回訪れているのだと伝えると、
「コジローの捜索は警察が関与する事ではありませんがもし事件の犯人を追い掛けているのだとしたら、それを追っている伊達さんが犯人に辿り着く可能性もあります。十分に注意しながら行動し、何か危険が予想される状況になったらすぐに警察へ連絡をください」警部はそう告げると急いで署に戻って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日、光明園の片瀬園長から再び電話があった。
「どうだった?、例の少女の件は…」伊達が電話に出るとすぐにそう訊ねてくる。
「精神状態が安定していなくて…、良いも悪いも答えてもらえなかったんです。機会を見てもう1度確認しますので、しばらく待って頂けませんか?」困った様に伊達が言うと、
「じゃあ、私から話しましょうか。伊達さんより優しく説得できるわよ」笑いながら助け舟を出してくれた。
「お願いします。最近は若い子の指摘が胸に突き刺さり、どう対処したら良いのか途方に暮れるばかりなんです」片瀬なら何とかしてくれるだろうと思った伊達は園長を頼る事にした。
青木に園長の片瀬が手助けしてくれる事を伝え、2日後に3人で麻理の病室を訪れた。
いつもの診察が終わると黙ってその様子を見ていた片瀬が
「2人だけで話しをしたいのですが、よろしいでしょうか?」と青木に訊いた。
「では、我々は廊下の休憩所で待ちます。そこからならこの病室が見えますので終わったらドアの所で合図をください」そう言って部屋を出る青木の後を追いながら、
「では、よろしくお願いします」と伊達は園長に深く頭を下げた。
病室のドアが閉まると片瀬はベッドの横にあった小さな椅子を寝ている麻理の方に向けて置き、
「麻理ちゃんだったわね。気を使わなくて良いから、話を聞いてちょうだいね」そっと腰掛けて静かに優しく話し始める。
園長はいきなり光明園に来るかとは聞かず、園にいる人たちの話しを始める。
「園には色々な人がいるのよ。伊達さんみたいに記憶を失った人や精神的に弱った人、事件で障害を追った人など皆で回復に努めているわ。世間はそう言う人達を可哀想な人達だとして憐れみを持って接しようとするのだけど、私はそう思っていないの。だって誰一人、回復を諦めていないんだから。それに少ないけどちゃんと楽しみも幸せも持っているの」微笑みながら静かに話す人物に麻理は興味を持ったのかベッドから半身を起こして片瀬の方を向いた。
「私は園長という立場で一人一人の回復を手助けしているんだけど、皆を自分の子供だと思っているの。そして私を母親だと思って良いからと全員に言ってあるの」片瀬がそこまで話すと麻理は
「私は自分に母親がいたこと…、ずっと忘れないから他にはいらない…」その言葉に抗うようにする。
「それで良いのよ。園にいる時だけ私を母親だと思えばいいの」すぐにそう答えると、
「生みの親も違うから、母親は2人なの!! そんな奇麗ごとはいらないの!」大きな声で怒りに似た不満をぶつけた。
「そうなの。じゃあ、私を含めて3人になるわね」片瀬が平然と言って微笑むと、
「ふざけないでよ!、母親は普通1人じゃない!」麻理は怒鳴るように言ったが片瀬は少しも気にせず、
「そうね。でも、3人の人から我が子として愛されるのだって決して悪い事ではないでしょ。だって、愛される資格が無ければそうわならないんだから」落ち着いた声で言い、「あなたにはその資格があるから、私が母親になると言いにきたのよ」はっきりと少し大きな声で麻理を見て言った。
麻理はその返答に驚き、何も言えずにただ片瀬を見詰めていた。
「決めるのはあなたよ、他にもっと良い所があればそこへ行けばイイの。きっと、そこにもあなたを愛してくれる人がいるでしょうから」微笑みながらそう話し、「だから少しも焦る必要はないの。いつでもあなたを歓迎してくれる場所がある事、そしてあなたを愛してくれる人がいる事だけ憶えていてくれたらいいの」そう言って麻理を見つめた。
麻理のその目は潤んでいたが泣かずに耐えていた。
それを見た片瀬は
「我慢しなくていいのよ、辛かったわね…」同情するように言うと優しく麻理を抱きしめて、
「辛かった事を乗り越えようなんて考えなくて良いのよ。今、乗り越える必要はないの」その言葉で我慢しきれなくなった麻理は大声で泣きだした。
片瀬はただ黙って麻理の頭を優しく撫で、抱きしめ続けた。
5分程経って泣き止んだ麻理は
「ごめんなさい、こんなに甘えて…」下を向いて涙を拭きながら恥ずかしそうに言った。
すっかり落ち着いた事を確認した片瀬は立ち上がると、
「また来るわね。回復はゆっくりでイイんだから、焦っちゃダメよ。」そう言うと笑みを見せ、ゆっくりドアの方へ歩き出す。
片瀬がドアの取っ手を掴むと、
「お願いします。私をよろしくお願いします!」ベッドの横に立った麻理が頭を下げながら大きな声ではっきり言った。
「はい、わかりました。じゃあ、待っているわね」片瀬はその麻理へ振り返り、嬉しそうに告げるとそのまま病室を後にした。
廊下の休憩所に向け、右手でオーケーサインを出す片瀬を見た伊達は
「さすが園長さんだ、これでもう心配ない」と青木の方を向いて笑顔で呟いた。
2人の元までやってきた片瀬は、
「それじゃあ、後の手配はお願いします。こちらはいつ来ても良いように準備しておきます」そう言うと伊達の背中を軽く叩いた。
「彼女をよろしくお願いします。犯人が逮捕されるまで彼女には警備が張り付くと思いますが、僕の方から他の入園者への配慮を警察にお願いしておきます」伊達は感謝の気持ちを込めて深々とお辞儀をした。
最初のコメントを投稿しよう!