第5話

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第5話

 2日後、青木から別の仕事を頼まれた伊達は再び医院にいた。  受付の女性に先導されて廊下を行くとすでに青木が院長室の開いたドアの前にいて、 「伊達さんに頼むほどの仕事でないのに、忙しい所お呼びだてして申し訳ありません」バツの悪そうな顔で告げるので 「いえ、僕に出来る事なら何でもやりますよ。で、相談したい事とは何です?」伊達は気にしない素振りで応えた。  安心した表情になった青木は院長室に入ると空いたソファを伊達に勧め、 「実は私の叔父さんから、会社にある開かずの金庫をなんとかしたいと頼まれたんですが信頼が置け、高い技術を持つ人なんて私には伊達さん以外にいなくて…」自分も腰掛けて話を始める。 「昨日、叔父の記憶を掘り起こしてみたんですが最後に金庫を開けたのがかなり昔らしく鮮明には思い出せなくて…。ダイヤルを合わせた時のその記憶を伊達さんへ転送し、数字を読み取ってもらった方が手っ取り早いと思い…」青木は少し困った顔でそう言った。 「大事な金庫の番号を私に知られても問題ないんですか?」伊達が心配して訊くと、 「ええ。開けた後は別の新しいものに中身を移すと言っているので、心配ご無用です」その手を小さく左右に振った。 「それと、話は変わりますが、伊達さんが気に掛けていた麻理という少女に今日、会いに行きますよ。私が入院先の病室に出向いて彼女の診察をするので、何かして欲しい事があるか訊いてみましょうか?」そう言うと伊達の表情を伺う。 「そうですか。もし私が同行しても問題なければ、そうさせて頂けないでしょうか?」神妙な顔で伊達が頼むと、 「それは構いませんが、そこまで彼女を気遣うのには何か理由があるのですか?」青木は気になって訊き返した。 「自分でも良くわからないんです。あの麻理という少女がとにかく可哀想で…心配で…」伊達が腕を組んで悩みながら言うと、 「今回の記憶転送によって伊達さんの精神にダメージがあったかも知れませんね。やっぱり薬を処方しましょうか?」伊達の表情を見て心配そうに青木が訊ねる。 「事件の記憶転送は何度もやってきたから、それが原因だとは思えません。ただ、あの少女が気になっているだけなんです」青木を安心させようと伊達が笑顔で返すと、 「これまで何度もやってきたからこそ、私は心配しているんです。甘く見ない方が良いですよ、突然精神に異常を来すこともあるんですから…」青木は医師の顔になってそう告げた。  青木はその会話を終えると早速、別室に待機していた叔父の脳から金庫の記憶を掘り起こして伊達の脳へ転送した。 「どうですか、読めそうですか?」麻酔から目覚めたばかりの伊達に青木が訊ねると 「うーん、かなりぼやけていますが…集中すれば何とかなると思います」伊達が転送されたばかりの記憶を思い出して答える。  2人共、しばらく黙っていたが目を瞑っていた伊達が徐に話し始めた。 「先ず左側のダイヤルですが、右…に35、そして左に70、右に60…」と順番にその数字を告げると青木がそれをメモしていく。  全てのダイヤルをメモして青木の叔父に渡すと、 「これでようやく、『開かずの金庫』じゃなくなります。きっと、お宝が沢山出てくる…」そう言いながら嬉しそうに帰って行った。  その日の午後、伊達と青木は自動運転タクシーに乗って少女が入院する警察病院へ向かった。  1階の総合案内所でビジター登録をした2人はエレベーターで4階まで上がり、長い廊下を歩いて少女の病室までやってきた。  青木がドアをノックすると、 「はい、どうぞ」少女の遠慮がちな声が中から聞こえた。 「こんにちは。青木です」青木はそう言いながら静かにドアを開け、病室に入ると伊達へ振り返って後に続くよう促す。 「こんにちは」伊達は少し照れたような笑顔で小さく頭を下げた。 「こんにちは」ちょっと困惑した顔で麻理という少女が答えると、 「今日は麻理ちゃんに会いたいという人を連れてきたんだ」青木が伊達を前に押し出すように背中に手を当て、「麻理ちゃんの記憶転送を担当してくれたメモリーハンターという仕事をしている、おじさん(・・・・)だよ」少女が緊張しないようにと気遣い、冗談交じりに伊達を紹介した。 「僕は…伊達と言うおじさん(・・・・)です」わざと真面目な顔で言うと少女がクスッと笑って、 「田中麻理と申します」そう言うとベッドの上で半身を起こし、小さく頭をさげた。 「何か変わった事はないかな? 薬の効き具合とか何でも良いので気になる事があったら教えてください」青木が医師の口調になって少女の診察を始めると、 「特にありません」麻理は事務的な口調になって答え、「それより、いつまで入院していなくてはならないんですか? もう、ひと月以上になるんですが…」少し不満そうに言って下を向いた。 「麻理ちゃんがどこで暮らすのかなど、重要な事について考えているので時間が掛かるんです。君だって心がちゃんと回復しないとどうしたいのか分からないだろうし、あまり焦って退院しない方が良いですよ」青木は慰めるように言って問診を続けた。 「最後に、何か気になっている事があればどんな事でも良いので教えてください」一通り問診を終えた青木が訊ねると、 「私が飼っていた犬のコジローが事件以来いなくなって…」下を向いたまま言い、「おばさんが犬小屋の前に毎日餌を置いてくれるのに、まだ帰ってこないと…」と目に涙を浮かべる。  それまでずっと黙って見ていた伊達が 「僕は麻理ちゃんの力になりたいと思ってここへ来たんです。じゃあ、コジローを捜す方法を考えましょう!」と力強く言った。  下を向いていた少女の表情がパッと明るくなり、 「え、捜してもらえるんですか?」顔を上げて言ったがすぐに難しい事だと判り、「でも、どうやって…」と再び下を向く。  伊達はどうしたら良いかしばらく考えて、 「とにかく、コジローがどんな犬か分からないとね。写真があったら見せてもらえるかな?」とベッドに歩み寄る。  麻理はすぐにスマートフォンを取り出し、 「これがコジローです」と茶色い柴犬の写真を画面に一杯に表示して伊達に見せた。 「麻理ちゃんが最後にコジローを見たのはいつかな?」写真を覗き込みながら伊達が訊くと、 「あの日の夕方の散歩の時だから、夕方の5時くらいです。でも、その後も繋がれた鎖の音がしていたから…いなくなったのは…」そこまで話すと何かを思い出したように突然その表情を曇らせた。  それ以上話すと事件の記憶が蘇ってしまうと気付いた青木が、 「とにかくその写真を手掛かりにコジローを捜してみましょうか…」と急いで話を終わらせた。  青木の医院に戻った2人は院長室のソファに腰掛けた。 「生き残った麻理ちゃんは目撃者として狙われるかも知れないので、すぐに退院出来たとしても犯人が捕まるまでは警備が付くんですよね?」伊達が退院後の事を心配して訊くと、 「もちろんです。ただ、退院はかなり先になりそうですよ」青木が眉間にシワを寄せて言った。 「何か他の問題でもあるんですか?」伊達が訊くと、 「あの子の親戚は皆、麻理ちゃんを引き取りたくないと言っているそうなんです。身内が引き取ると言うなら簡単ですが、施設に入るとなると場所を決めるのに時間が掛かるので当分入院生活が続きそうですよ」心配そうに青木が言う。 「じゃあ、せめて飼犬のコジローだけでも早く見つけてあげたいな…」伊達が遠くを見ながら言い、「記憶を捜すのと違い、犬が相手じゃ簡単にはいかないでしょうから、先ずは目撃者探しから始めますよ」と続けた。 「お忙しいのに、犬を捜すための聞き込みはとは大変ですね。なにかお手伝いできる事があれば知らせてください」そう言った後、青木は神妙な顔になって話を変える。 「それより、先日の転送で精神にダメージを受けたようでしたが最近の精神状態はどうですか?」伊達に向き直るとそう訊ねる。 「先月もお伝えしましたが毎晩、悪夢でうなされて目が覚める事に変わりありませんよ。つまり、あれからは悪化していないという意味ですが…」伊達が笑いながら答えると、 「この間と同じ事を言うようですが気楽に考えない方が良いですよ。そろそろ長い休みを取るか事件転送はやめないと精神がやられてしまうかも知れません。実際に今回は大分応えてるようですし…」少しも笑わずに青木は話し、「1週間ほど前にも警察関係の仕事をしていたメモリーハンターが突然おかしくなってしまったと、知り合いの精神科医から聞きました。しかも、警察の仕事は2年位しかやっていなかったらしいんです…」と複雑な表情で続けた。 「そう言って頂けるのはありがたいんですが、家族が何処にいるか分からなくなってしまった私には頼れるものがないんです。将来の為には稼ぎの良い危険な物や警察の仕事で金を貯めておく必要があるんですよ。ある程度貯えができたら、ご忠告の通り引退します」伊達はまだまだ大丈夫と、気楽な感じで話を終わらせた。
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