渡せないもの

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しばらくして彼は顔をあげた。スケッチブックには一枚の絵が出来上がっていた。それは誰がどう見ても素晴らしい絵だった。しかし彼はその絵を丸めるとポケットの中におもむろに突っ込み立ち上がると、歩き出した。公園からでて、街灯しかない道をひたすら歩くと煌びやかな灯りが見えてくる。あまりにも眩しすぎるその光に舌打ちをし、彼はまた歩き出した。この街で煌びやかなのはほんの一部で、少し歩くと山がありこの煌びやかさにはにても似つかない空間がある。そこに着くと彼はライターをとりだしポケットからあの絵を取り出すと火をつけた。灰と化した絵は、夜の闇に消えていった。彼は寝転がった。彼の目の前には、星空が広がっている。ここは、何かあった時に彼が必ずくる所で。 彼が初めて絵を描いた場所だった。彼は目を閉じて今日あった事を思い返した。 ―貴方の心が欲しかった。 彼女が発した言葉が頭にちらつく。いつもそうだ。みな、自分と付き合えるなら何も要らないと言う。だから興味を持った女や、少しでも好ましいと思う女からの告白なら受けた。しかし最後は、自分が絶対に返せないものを渡せないものをくれと言い、去って行く。自分はそんなもの知らない。分からない。…そんなものもらってない。 思考が沈みかける。彼は一旦起き上がると頭を振り、寝転がるとまた目を閉じた。疲れていたのだろうか。程なくして静かな寝息が聞こえてきた。
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