渡せないもの

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彼は、静かにたずねた。 「なにをしているんですか?」 彼女は、 「これは貴方が描いたのですか?」 たずね返した。 「質問にこたえてください。」 彼は目をほそめて言った。彼女は、一瞬ひるんだようだった。 「素晴らしい絵だと。そうして、どこか私の好きな画家さんに画風がにていたもので。少し眺めていました。次は貴方の番です。これは、この絵は貴方の描いたものですか?」 その瞳は、真っ直ぐ彼を捉えて放さない。あまりにも居心地が悪い空間に彼はため息を一つはくと 「ええ、そうです。」 とこたえた。すると彼女は、目を見開くと、ポケットの中からスマホを取り出した。そして、ある画像をだした。赤いバラの絵だった。その絵は素人が見ても素晴らしい絵で、儚げでありながら圧倒される力強さもある。そんな絵だった。彼女は、 「これも、貴方が描いたものでは?」 そう問いかけた。彼は一瞬目を見開くと笑顔を作った。 「さあ、知りません。誰の絵ですか?」 彼女は、唇を噛み締めると何か思考しているようだった。彼女は、やがてもう一度彼を見つめると、 「嘘ですね。私はこの人の作品をたくさん見てきました。わたしはこの人の色使い、画風、すべてに魅了されました。しかし、この人は、ある日、絵を描くのをやめてしまったようで、SNSの投稿が止まりました。」 彼女は、視線を外さない。 「なめないでください。ずっと貴方の作品を見てきた私は分かります。ですが貴方が違うというのならそうなのでしょう。」 彼は、彼女に目を向けた。その瞳は、空っぽだった。彼女は、その瞳を見るとあどずさった。あまりにも冷たい射貫くような目に。
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