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土砂降りの雨の中、革製の鞄を頼りない傘代わりに走った。足が地面を叩く度にぱしゃんと泥水が跳ねて反対の足を汚していく。それでも今はそんなことを気にしてはいられないと家路を急いだ。
少し向こうに小屋付きのバス停が見えた。この勢いの雨がすぐに止むことはないと思うが、それでも多少の休憩はできる。このまま走り続けるよりは、休憩と微かな希望に縋ってみた方がいいだろう。
小屋に入って、髪から滴り落ちる水を払う。肩で息をしながら小屋の中を見回す。明かりとなるものは何もなく、薄暗さが冷えた身体を余計に震わせる。小屋の奥に古びたベンチを見つけて、どうせびしょ濡れだしと汚れることは気にせず腰を下ろした。
小屋の外で雨に寂しく打たれ続ける時刻表をぼんやりと眺める。急いでいたからと天気予報を無視したのが運の尽きだった。雨が降ってもコンビニで買えばいいと思っていた。しかし、同じような考えの輩がいたのか、それとも仕入れをしてなかったのか。傘が売り切れていたのだ。そこそこな田舎ということもあり、帰り道のコンビニはひとつしかない。頼みの綱であるバスも大雨の影響で運行停止。通り過ぎるタクシーはどれも賃走。諦めに背中を押されて走り出し、今に至る。
帰ったらすぐにネットで折り畳み傘を買おう。そして鞄にいつも入れておこう。そうすればこんなことにならずに済む。
「雨、凄いですね」
不意に声がして見ると、いつの間にかベンチの端っこに男が座っていた。さっき見回した時は誰もいなかったと思ったが、薄暗かったため見落としていたのだろうか。少しだけ気味悪く感じながらも、そうですねと返した。
「怖い話は好きですか?」
いきなりそんなことを聞いてきた男に、思わず間抜けな声で聞き返した。
「ええ、怖い話です。嫌いですか?」
怖い話は嫌いではない。どころか好きな部類だと思う。土砂降りの雨の中。薄暗い小屋の中。見知らぬ男から聞く怖い話。雰囲気はこれ以上ないくらいバッチリだ。どうせ雨はまだまだ止まない。暇潰しに聞いてみるのもいいだろう。そう思い、是非聞かせてくださいとこちらから頼んだ。
「どんな話が好みですか?」
心霊、怪異、人怖など。怖い話には多種多様なものがある。そのどれにもそれぞれが持つ魅力があるため、どれとは決め難い。少し迷って、男のオススメを聞いてみることにした。
「おすすめですか。そうですね、それではせっかくですから雨に因んだ話をしましょうか」
心の奥底から顔を覗かせ始めた好奇心を感じながら、男の話に耳を傾けた。
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