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一連の話を聞いて美和子は納得し、そして碧を疑うのをやめた。美和子の痴情は、彼の歪んだ行為を信じるより、彼の歪んだ愛情を信じようとすることに鋭い嗅覚を働かせたのである。
何より歪んだ自分の愛情を問い正し、しようと思えばいつでもできる良人への密告をしようとしない碧の道徳観にも、美和子は寧ろ自分の方こそ感謝する側で、そんな彼の懇願を拒むわけにはいかないと思った。
「分かった。私はあの人の言いなりだから。よく分かんない顔して、ただ受け取るだけ。事情も話さない。面倒事はお互いのためにならないものね」
「ありがとうございます」
「でももし何か心変わりが有ったら、またいつでも顔を見せてね。喧嘩別れするわけでもないんだから。それに、私たち似た者同士でしょ?」
「はい」
碧は機嫌よさそうに微笑んだ。碧の微笑みは瀑布のように美和子の胸へ叩き落ち、それを見た美和子は危うくこの美青年を愛しかけた。
しかし美和子は日葵に悪く思って、ただちに顔を背けて、受け取った茶封筒を紺色のほつれの目立つ前掛けのポケットに大事に仕舞った。
「それで、今日はもうこれだけ?」
「いいえ。実は、今晩最後の仕事があるんです。これからまた銀座まで行かなきゃならない。でももうお金も受け取るつもりは無いし、今はそれ以外に何とも言えません。それじゃあ」
そう言い残して碧は踵を返し美和子に背を向けた。その背広を脱いだ白い幹のような背中は、初めて見たときから日に日に枝葉を伸ばし、大きく逞しい濃い影を作るようになったと美和子は思う。
それから美和子は勝手に、数少ない理解者を一人失った気もしたが、それと同時に、この退屈な毎日に小さな救済があって、殆ど目覚めたまま陶酔の夢想をしているような日々に、不思議な自己的な活力が湧いてくる気がした。
そして美和子は、先ほどから吸おうか吸うまいか悩んでいた煙草を、ポケットから一本取り出して咥えて、マッチ箱の側面の赤燐を気分よく擦った。碧には人生のためにこれからせねばならぬことが数え切れぬほど残っているように、彼女の今日の仕事もまだこれからである。
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