第十五章

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 朱里は自分の過ちを全て打ち明けた。しかも驚くほどその一連の作業は円滑であった。それは、碧と朱里の間には、これもやはり松風が予期せぬもう一人の重要な存在があったからである。  檜垣菜穂美は、ことの重大さと、それがいかに女々しく汚い情念から生まれたものであるか耳を疑いながら二人の間を持った。  朱里は目前に、なんとあの晩新宿駅で碧と一緒にいた菜穂美を見て、吃驚(びっくり)したのである。この点はよく注意しておかねばならないが、菜穂美はつい先日この事件を碧から相談され、もう既に自分の母親のような責任感を疑わなかった菜穂美は、自分も碧の友人という建前で、そのカフェについていくと英断したのである。しかも碧が良いというのに、身代金の三百万は彼女が肩代わりし持参してきていた。 「てっきり彼が自分以外の女と逢っていると思って、頭に来たんです」 「それはあなたの勘違いよ。伊藤さんと私はね、ただの親戚同士で、あの晩たまたま銀座で出くわしただけなのよ。彼に聞いたら身代金だなんて物騒なことを言うじゃない。それを私が代わりに出すと言ったの。だから今日私は彼についてきたのよ」  朱里はそれを聞いて自分の過ちを猛省して、また安心した。自分の妄想が妄想であったことに安心したのである。 「だけどあなた、こんなことをしてどうするおつもりかしら。まさかまだ彼に未練があるなんて言わないわよね」  この試練は、朱里に重くのしかかりはしたが、しかし今なら何でも赦し受け入れることが出来る朱里は、確かにこう毅然と口にした。 「はい。私は確かに彼を愛していました。でも彼を困らせるほど愛していたとは言えない。彼とはこれで全部終わりにしたいと考えています」 「そう。ありがとう。けれどあなただって辛かったでしょう。でも愛した相手が良くなかったの。ただそれだけよ。私も女だから分かるわ。昔は私も、自分の大切な思い出を捨てるのは、そう一筋縄ではいかない、とても苦しいことだったもの」  朱里は泣き崩れた。菜穂美は彼女を慰め続けた。少なくとも女は男よりも、一度捨ててしまったものをくよくよと引き摺り続けはしない。女は男より遥かにあっさりしている。だから朱里も、きっとすぐ全てを綺麗に忘れてしまえるであろう。  碧はただ、そんな二人を、隣でじっと見つめていた。
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