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避難できる場所はとうに人で溢れかえっていて、上級国民どころか中級ですらないわたしたちは、あと少しで無数の流れ星が降ってくる地上に留まらざるを得なかった。あのときはわたしの心にも微かに怯えが残っていたのだけど、そこへキララから届いたメッセージが、かたく結んでいた紐を解いた瞬間のような解放感をわたしに齎してくれた。
〈チサ。どうせなら、特等席で一緒に流れ星観ない?〉
本当に頭を使って考えたか疑問になるくらいの速度で、わたしは「観る」と返事を送った。
通学用の自転車に跨ってキララと合流したあとは、二人乗りで都心まで出た。街から人の姿は消えて、特撮映画の中に入り込んだみたいだった。いつもは車がひっきりなしに行き来する幹線道路の真ん中を行く、一台の自転車。それはわたしとキララの命を運ぶ、一筋の流れ星。
自転車を漕ぐわたしの肩に手をかけながら、背後のキララは遠足に行く子どもみたいな歓声をあげていた。
「すごいねえチサ。世界にあたしら二人だけになったみたいだねえ」
「そういえばキララ、前にカラオケで歌ってたよね。そんな歌」
「あーあ。あと一回くらいはバンプのライブ行っときたかったなあ」
我慢できなくなったのか、キララは背後でその歌を口ずさみはじめる。レクイエムにしては楽しげなキララの高い歌声を耳に入れながら、わたしはハンドルを切った。
向かう先にそびえ立つのは、45階建ての高層ビル。むろん「特等席」は、その最上階。
たとえ電気の供給が止まっていても、こういった高層ビルには必ず別の電源で動く非常用エレベーターがあることをわたしは知っていた。すっかりもぬけの殻になったビルの入口ドアは鍵すら掛かっておらず、あっけないほど簡単に侵入できた。
非常用エレベーターを呼び出す上矢印のボタンに触れると、豆電球みたいな暖かい色にボタンが光る。かすかな明かりに照らされて、キララの顔がぼんやりと浮かび上がる。こんな緊急事態にもかかわらず、いつも通りしっかりメイクをキメているところが、いかにも彼女らしかった。
やってきたエレベーターに乗り込んで、最上階のボタンを押した。ふわ、と浮き上がる感覚とともに、普段通りに階数表示が上がり始める。
「うっわまじだ、すご。チサって前世スパイかなんかだったの」
「本当にスパイだったら、たぶん地下に忍び込んだと思うよ」
「んー、でもあたしは嫌だな。いま、下は下でヤバイらしいよ? 人だらけでめちゃくちゃなんだってー」
街に人の姿はないが、SNSを通じ、まだ人類は健在だということを知ることができた。ガラガラになったわたしたちの足下ではまさに現在、パニック状態になっているらしい。地下に入り切らない人と、入ったあとでの小競り合い。流星群が落下してくるのが確定してからというもの、そんな気の荒むようなニュースばかりで、わたしもテレビを点けるのはとっくにやめてしまっていた。
階数表示が30階を過ぎた。わたしたちはパニックから遠ざかり、一番危険な場所へ近づいている。顔面に蛇口をひねる前のシャワーヘッドを当てるようなゾクリとする感覚こそあれ、そこまで恐ろしくはない。
今のわたしは一人じゃない。
キララがいる。
「ってか、上にはのぼってこられたけど、本当に屋上出られるのかな。不安になってきた」
「んー? まあなんとかなるでしょ、あたしらまだ生きてるもん」
へらへらと笑うキララの表情に、なんだか少し勇気づけられた。
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