kira-killer

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 このビルの屋上はヘリポートになっていて、学校の屋上のドアと同じく、外に出るドアの鍵は透明なカバーに覆われていた。しかし、わたしが手をのばすより先に、キララがつま先で勢いよくそれを蹴り飛ばして鍵を開けた。いっぺんやってみたかったんだよねー……と楽しそうにキララがドアを開けると、そこには普段よりもずっと、夜空が近くにあった。そのまま後ろについてドアをくぐるとき、キララがいつもつけているムスクの香水のにおいが鼻をくすぐる。世界ははっきりと非日常に傾いているのに、わたしとキララの間だけは、何から何までいつも通りのような感覚さえある。  眼下の景色は、おおよそ「夜景」とは呼べない、深い闇に染まっていた。そんな闇の中、ところどころで瞬く光はおそらく、わたしたちのように残り少ない時間を外で過ごす人たちの、命の瞬きだ。  なんだかんだとここまで移動するのに時間がかかったから、やがて訪れる終末の時まで、残り30分もなかった。だだっ広いヘリポートの真ん中にある「H」の部分に、キララはごろんと寝そべって、大の字になってみせた。ちら、とこちらを見た目線が「こっち来なよ」と言っているように思えて、わたしも彼女のすぐ隣に駆け寄ると、同じように身体を横たえる。  街を照らす光が失せたせいか、この周辺では一番高い場所で仰向けになっているからか。はたまた、まもなく降りそそぐ星々たちが、いよいよ最終コーナーをまわってきたからか。わたしたちの目には、満点の星空しか映っていなかった。世界に起ころうとしていることから考えると不謹慎かもしれないけれど、これまでに眺めたどの夜空よりも、一番綺麗だった。  隣からキララが「宇宙って、こんなに星多いんだっけ」と訊いてきた。わたしは「知らーん」と苦笑いしながら返す。 「何千億とか何千兆って言われてるけど、実際どんだけあるかはまだ分かんないらしいよ」  そうやって、小さい頃読んだ図鑑に書いてあっただけだ。自分で見たわけでもないのに全部分かっているような口をきいてしまうのが、わたしが自分の一番嫌いなところだった。キララはいつも素直に驚いてくれるけれど。 「ふーん。結局、誰もなんにも分かんないまま終わっちゃうのかあ。そりゃあ残念だね」 「キララ、ちっとも残念だって思ってないでしょ」 「ちっ、ばれたか」  二人で肩を震わせ、笑う。ふだん教室で話しているのとまったく同じ、中身のない会話だった。それでもわたしは心地よかったし、あともう少しで、こんなふうにキララと他愛のない話ができなくなる――と思うと残念で、寂しくてならなかった。  わたしがキララと仲良くなったのも、高校一年生のときに教室の席が前後で並んで、くだらない話を重ねているうちにいつの間にやら……という、きっかけがひどく曖昧な始まりだった。  キララは見た目こそ派手なギャルだけれど、すごく気遣いができて、言葉にしなくてもわたしの心のうごきにすぐ気づいてくれる子だ。わたしのように、弾けきれず秀才にもなれない中途半端な存在が相手でも優しくしてくれる。だからこそ学年が上がるほどに次々に脱落してゆく交友関係の中でも、キララだけは、わたしの中でまるで溶接されたように揺るがない存在だった。  まさか滅びゆく世界の結末を一緒に過ごすことになるとは思わなかったけれど、決して不本意でないどころか、むしろ嬉しかった。三人きょうだいの末っ子、かつ一番のできそこないであるわたしは、家の中に居場所などなかった。だから、わたしと違って友達がたくさんいて、帰る場所もあるキララが、わたしを最後の相手に選んでくれたことが嬉しくてたまらなかったのだ。
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