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「おかしいな、って思ってた。あたしにとってチサは大事な友達で、きっとチサもあたしをそう思ってくれていて、それは間違いないのに、バケツに穴が空いてるみたいにいつまでも満たされなかった。友達じゃダメなら、これ以上どうしたらいいんだろう……って思った」
夜空に瞬く星の並び方にあまり意味はなく、単にばらばらに散らばっているだけだ。
しかし、この地球から眺めるそれらに線を引き結んだときに浮かび上がるのが、星座だ。
キララの独白をトリガーに、わたしの中で散らかっていた一つひとつの出来事のあいだで、自動的に線が引かれてゆく。やがて、わたしの中で全てが繋がったとき、ひとつの絵柄が浮かび上がった。
「まさか――」
「うん。だから彼氏作ったんだ。あんとき、チサめっちゃ驚いてたよね。あんなに男嫌いだったのにどうしたのー、って」
キララは以前「自分がそうしたいからそうしてるだけで、男ウケを良くするためにこういう格好してるわけじゃないんだよね」と言っていた。また、彼女の父親はあまり良い親とはいえない人らしく、その影響で男が嫌いになったというキララは、男子からの告白をいっさい受け入れなかった。教室で男子が程度の低い下ネタで騒いでいるのを目にするだけでも、心底嫌そうな顔をしていた。
だから、キララがバスケ部の彼と付き合いはじめたと聞いたときは、いったい何が起きたのだろう……とすごく驚いてしまったのだ。
「結局ね、だめだったんだよ。歯の浮くようなこと言ったり、手とか繋いだりキスしたりって行為も、いま考えたら彼氏彼女の関係として必要だと思ったからそうしてただけで、心はなかったの。相手はどうだったか知んないけど、たぶん、あたしと同じだったと思う」
キララは、わたしに対して抱いている感情の正体を知る手段として、男と付き合ってみることを選んだのではないか。わたしが線を結んで導き出したそんな仮説は、今の彼女の言葉で証明されることとなった。
わたしはどんな立ち位置で、どんな言葉をかけてあげれば、彼女の心を楽にしてあげられるだろう。
脳みそが高速で回りはじめると同時に「でもね」という彼女の言葉がそれを急停止させ、すべての集中力が聴覚に注ぎ込まれる。真剣な眼差しだけれどやわらかな微笑みが、わたしにだけ、はっきりと向けられた。
「今のあたし、こうやってチサと手を繋いでるだけで、胸がいっぱいなんだ。すっごい嬉しくて、愛しいの。――チサのことが」
選ぼうと思えば他にも選択肢が余るほどあったはずのキララが、世界でただひとり、わたしを選んでくれた。この世界があと十数分で終わるとしても、そのことが今のわたしの中で爆ぜる感情を鎮まらせる理由にはならない。
最初で最後の告白が成就したのだ。その事実は圧倒的かつ絶対的で、わたしも彼女もこの星もすべて死んだって、永遠に宇宙を駆け続けるだろう。
むしろ、そうでないと困る。
そうでないと、超むかつく。
「でも、ちょーっと遅すぎたなあ。あたし、それだけが心残りだわ」
たはは、と笑うキララは一見いつも通りに見えて、星の光を浴びた頬はほんの少しだけ上気している。きっと、照れているんだろうな。
いいじゃない。わたしたちは解り合えた。
今更恥ずかしがることなんて、何ひとつないよ。
「遅くないよ」
「そうかな」
「地下と違って、ここには他に誰もいないし。それに、まだ時間は残ってるよ」
ポケットからスマホを取り出して、画面を表示させた。時刻は流星群の落下時刻まで、10分と少し。
それだけ確認すると、わたしは力任せにスマホを放り投げた。遠くのほうで、カツンカツン、と軽い音が響く。
キララに向かって、笑いかける。
いま、彼女の瞳は驚きと、微かな興奮に揺れていた。
「チサ――」
「ずっと、一緒に星を観ながら過ごそう。ふたりで」
喧騒から離れ、大切な存在と過ごす、世界が終わる夜。
少しずつ光を増す夜空を眺める、わたしたちの繋いだ手が離れることはなかった。
***end***
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