kira-killer

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 数百年に一度だけ観られるといわれていた流星群が、急に速度を上げて地球に接近し始めたというニュースが報道され始めたのは約一ヶ月前のこと。しかしそのニュース記事は物価高に喘ぐ一般市民の悲鳴と、それをよそに国会で繰り広げられる押し合いへし合いのくだらない記事に押し流されて、あっという間にトップニュースから遠ざかっていった。  反対に、流星群はみるみるうちに地球との距離を縮めていく。そして、それらが遠巻きに光る尾を引くのではなく、地球へ直接降りそそいでくると判明したときには、もはや取り返しがつかない状況になっていた。流星群の数は膨大であり、現代兵器で撃ち落とすことなど叶わず、地球に生きるすべての生物は、毎日バスルームでそうしているように、降りそそぐ流星のシャワーを全身で浴びるしか選択肢が残されていなかった。  人々は僅かな生存の可能性を求めて逃げ惑い、窓のない堅牢な建物や地下へ続々と避難してゆく。遠慮と尊重を美徳とするこの国でさえ、思いやりだとか譲り合いという言葉が皆無となった状況がニュースで報道される中、とうとうこの星の「Xデー」が訪れたのだった。 「こんな時でもネットって繋がるんだね。すごない?」  仰向けでスマートフォンを眺めるキララの声色は、その言葉と裏腹に、ちっとも感心している風のものではなかった。人々が避難した街はほとんど明かりがなく、そもそも電気がいつまで通じているかも怪しい。いずれはただの光る板になる可能性のほうが高かった。  キララの手元を眺めながら、わたしは「そうだね」と言った。わたしも同じように微塵も感心していないことは、きっと彼女にも伝わっている。 「このままみんな、スマホ握りしめて死ぬんじゃない。どんだけ綺麗な写真撮ってインスタに上げたって、もう誰も見やしないのに」 「チサってインスタに親でも殺されたの。嫌いすぎん?」  キララはそう言って、いつも通り愉快そうに笑った。それが素直に出たものなのか、所謂「正常性バイアス」によるものかは分からない。わたしは勉強ができなくて、学校の通知表も無数のアヒルが泳いでいるバカだけど、テレビでニュースを観るのはわりと好きだった。  正常性バイアス。自分に都合の悪い情報をシカトしたり、必要以上に小さく捉えること。こういう災害や事故など、パニックのときに陥りやすい状態のこと。この言葉の意味も、遅刻したことを受け入れつつだらだら朝食をお腹に入れていたときに観たニュースで知った。  言葉の意味を知っていても、短い生涯の終わりが約束された今でも妙に頭がスキッとしているわたしと、目の前で誰も居なくなった街の様子をスマホで写真におさめているキララが、その正常性バイアスに影響されているのかは判断がつかない。もとい、今更そんなことを判断すること自体、意味がないようにも思えた。
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