同時多発転生したチート勇者たちが攻めて来て魔王軍はパニックです

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とある街の食堂の海をのぞむテラス。角を生やした長身長髪の男と、首にスカーフを巻いた青い宝石のような瞳の少女が向かい合い、ドリンクを片手に談笑していた。 「今更だけどそのスカーフ、別に目に巻いてなくてもいいんだな。」 「集中するときにあえて視覚を遮断するために使ってたんです。もうそこまで必要ないですし、普段は外しちゃおうかと。」 「また千里眼を使うことあるかもだぞ。今じゃ私・・・俺たちも勇者パーティのはしくれなわけだし。野良の魔物、魔王軍に属さなかった独立派、魔力をこじらせた人間による悪行なんて数知れず。勇者の仕事も盛りだくさんだ。」 「二人だけのパーティですけどね。でも魔王、いえ、魔族勇者様のお力なら余裕なのでは?」 「アビスでいいよ。いちいち面倒だろ。」 「ふふふ。じゃあ、アビス様。名前といえばあの時、普通に本名を名乗るものだからヒヤヒヤしましたよ。」 「いやぁ、やっぱりあの時はパニックになってたな。でもまぁ息子って設定が良かった。なんとなくアビス二世とかアビスジュニアとかそんな風に思ってくれてたのかもしれん。何も言われないまま終わったし結果オーライだ。」 「みなさんポッと出だったし、魔王の名前とか気にしてなかったもしれませんしね。」 それもそうだ、とアビスは口の中でポツリと呟いた。 自分もまた勇者になって勇者側に溶け込む。四天王のくだりも含めて急ごしらえで考えた設定だったが、同じような境遇の勇者たちには効果てきめんだったようだ。いや、あいつらの境遇にあわせて設定を作ったというべきか。とにかく元魔王と元魔界の巫女はあの勇者パニックを乗り切り、成り行き上その場には残りづらかったため皆と一緒に魔王城を後にして、そのまま各地を旅している。 「それにしても、なんであんなに一気に転生勇者が発生したんでしょうね。」 「俺の想像なんだけどな。転生ってのは魔力あるこの世界が、魔力無き他の世界の者たちの願望を引き寄せる形で起きてるのだと思う。異世界・・・・彼らにしてみたら元の世界か。そこに住まう者たちの願望がそれだけ増えてるってことなんだろうよ。」 「へぇ。そっちの世界も大変そうですね。」 「どこでどう生きようが人生は大変なものさ。たまには全然違った自分を想像してみたり、転生に浸ってみるのも悪くないだろう。」 「生粋の魔族だった私も『闇落ち聖女』に転生しちゃったわけですしね。えへへ。」 そう笑いながらテーブルの上で水晶玉をコロコロと転がして遊んでいた。 アビスは目を細め、憑き物がとれたように穏やかな表情になった。 「俺も『正義に目覚めた魔族勇者』に転生したからには、きっちり仕事をしないとな。」 「そうですよ。はじめての転生、楽しくやりましょうよ!」 城に籠っていた頃には浴びることのなかった明るい光が二人を照らす。 そもそも俺は『ムシャクシャしたので魔王に転生して異世界を征服することにした』と王道中の王道の転生をしてきたんだけどな、とアビスは言おうとしたが、目の前ではしゃぐ少女が眩しかったので胸の内に留めておくことにした。 (おわり)
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