不死身探偵 不ニ三士郎

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まさかこいつ、この部屋ごと調査書を燃やす気なのか!? 不二三は焦った。 今までの事件の資料に加え、今まで集めてきた小説や、高かった本棚に至るまで、そんなことをしたら全部燃えてしまうじゃないか!! 不二三は、初めて憧れの作家さんにサインしてもらったサイン本の小説を思い出した。どうしよう、本は俺の命なんかより大事なんだ。 不二三は泣きそうになった。 走馬灯のようにあの時、緊張で何度も吐きながら助手と新幹線に乗り、渋谷で推理作家さんのサイン本をゲットしにいった記憶が浮かんだ。あの本が燃えるなんてことは絶対にあってはならない。 しかも下にはこの2階を貸してくれたスナックのママ、ゆかりさんが住んでいるんだ。彼女を巻き込むわけにはいかない。 「やめろ!殺すなら僕を殺せ!」 だが、犯人は不二三を無視した。不二三を殺したら調査書の場所がわからないまま終わるからだ。 「もうすぐ助手がくる、逃げた方がいいぞ」  だが、覆面男ははったりだと思ったのか取り合ってくれなかった。不二三を無視したまま、ガソリンを持って机の中の紙をどんどん机に出し、燃やそうとしている。  どうしよう、不二三は本が燃やされるかもしれないと思うと思考が上手くまとまらなかった。不二三の弱点は命をとるという脅しより本を燃やすといわれる方が重いのだ。  覆面男は事務所にガソリンをまいた。部屋いっぱいにガソリンの嫌なにおいが広がったが、不二三の鼻は機能が麻痺しつつあるのか、匂いが微かにしかしなかった。少ししびれがとれてきた不二三はふらふらと立ち上がった。  まだガソリンをまいている、立ち上がった不二三に気付いている様子はない。不二三はそうっと立ち上がり犯人に飛び掛かった。 「おりゃあああああああああ!!」 「!」 「ふ、覆面野郎め、この野郎」  後ろから飛び掛かり覆面をはがしてやろうとしたが、もみ合いになる前に腹部に鋭い痛みが走った。 「は……は?」  ゆっくりと機能している左目で腹部を見ると、振り返った覆面男の持っていたナイフが深々と自分の腹に突き刺さっている。コートの中にまだ凶器を隠し持っていたのだ。 「いっ」  だがまだ痛みを我慢すれば動ける。不二三は覆面男に再び襲い掛かろうとした。だが、覆面男はナイフをぬくと、今度はそのナイフで不二三の心臓を狙って思いきり突き刺した。 「あ……」  胸に、思わず叫びだして暴れたくなるような鋭い痛みが走り、不二三はふらふらとよろけながら後ろに下がると、どさりと倒れた。  覆面男は、その不二三の姿を見て安心したようにガソリンをまき散らす作業に戻った。  最初から、覆面男は不二三を殺すつもりだったのだ。調査書を受け取ったら殺すつもりだったのだ。そんなこと不二三にだってわかっていた。  だが、どうせ殺すなら事務所を焼いて殺すのではなく、普通に刺殺とか絞殺とかにして自分1人だけ死ぬようにしてほしかった。  助手と積み上げてきた事務所の功績の証が、わくわくしながら買ってきた本が、今まで集めてきた調査の資料が、依頼されたオーナーからもらった旅館の資料や助手が集めてきた情報が、この覆面男の行動1つですべて失われる。覆面男は、入口でライターをつけ、ぽいっと部屋に投げた。凄まじい熱気が事務所全体を包み、不二三の体にもその熱気は襲い掛かった。 「頭部さえ、今更見つからなければ……」  轟轟と燃え盛る炎の中、不二三は覆面野郎が事務所から去るとき微かに聞いた。 飛騨高山の白骨死体の頭部。8年前の柊さんが行方不明になった件は大きく関係しているはずだ。不二三は、せめて1階のゆかりさんにはこの火事のことを知らせないと、と必死に起き上がろうとしたが、腹部の傷が痛すぎて体が動かなかった。 「く……」  涙で視界が歪んだ。僕はなんて無力なんだ。近くにあった本棚がぐらりと揺れて、不二三の方へと倒れてきた。不二三に逃げる力はもう残っていなかった。  ずどんという音と共に、不二三の体に大きな衝撃が乗っかった。本棚に潰され、本に潰され、不二三は涙を流した。 「死ぬなら本棚に押しつぶされて死にたい」 「それなら今からでも死ねるじゃないか」 「そうじゃなくて、僕は本に囲まれて死にたいって意味だよ」 最近助手とした話を思い出した。こんな形で夢が叶ってしまうとは思わなかったが、正直火をつけられるのだけは嫌だった。本棚は、まるで不二三は燃えるのを守るように、不二三の上に乗っかっていた。あたたかい、熱かった部屋が本に囲まれると温かいと感じた。不二三の体は本棚の重圧で骨が折れて全身に激痛が走っていたが、この状況は割と理想ではあった。だが、状況が状況でなければ、だが。 ゆかりさんは大丈夫だろうか、せめてこれからくる助手は、火事を見た瞬間にゆかりさんを真っ先に助けてくれ。そして、1階のスナックは無事という状態で、消防の人が火を消してくれると嬉しい。視界は暗く、本たちに遮られていた。最後に見るのが本の山とは、助手に火葬する時は大量の本に僕を埋めてくれといっていたが、これほど大きな棺桶はないだろう。 「雪知君の言う通り、火災保険に入っていてよかった」  愛した本と本棚に押しつぶされながら、不死身は目を閉じた。
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