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「またのびちゃった、これで何回目?」
僕がカウンターに戻ってくると、女がテーブルに突っ伏す男を突いているところだった。
「ねぇ? 酒好さん」
名前を呼ばれて僕は、
「さぁどうでしょう」
曖昧に答えた。
「まぁ私としては面白い動画が撮れればそれで良いんだけどね」
女は三脚からスマホを取り外す。
「『酒でのびた人間、何度甦るか試してみた』……お陰さまでこのチャンネルの閲覧数がのびてのびて絶好調だわ」
頬を紅潮させる女に僕は咳払いをした。
「それはさておき、気をつけてくださいね」
女に釘を刺す。
「演技はきちんとして頂かないと。途中何度もこの男にバレかけてましたよ?」
女は首を傾げる。
「そうかしら?」
「年齢のこともそうですし、ハニートラップの最中なんか見ててヒヤヒヤしました」
「あらごめんなさい。でも何だかスリルが欲しくなっちゃって」
女が口元を覆った。
「だってずっと同じことの繰り返しなんだもん。こんな間延びした展開……誰だって飽きちゃうわ」
「その通りだ」
「同感です」
女の意見に賛同したのは、近くの席にいたエリートサラリーマン風の男達だった。
「自分達もそろそろ」
「他の役割が欲しいですね」
二人の男が愚痴をこぼしていると、
「あんた達はまだ良いじゃん」
「ウチら完全にエキストラ扱いよ?」
「スマホ片手に騒ぐだけだもんね……女優みたいに格好良いセリフ言ってみたーい」
女子大生のような出で立ちをした女達がどこからか姿を現し、不満をぶちまける。が、
「皆さんお静かに!」
僕は叫んだ。一同が静まり返る。
「皆さんの言い分はよく分かりました。近いうちに配役の変更も行います。ただし今は――」
酔い潰れる男を見下ろした。
「この男から搾り取れるだけ搾り取るのです」
「一つ良いかしら?」
女の一人が手を挙げる。
「何でしょう?」
「そんなくたびれたおっさん、騙し続けて意味あんの?」
「あるんですよそれが。実はこの男、とある大富豪の屋敷から金を盗んだ泥棒なんです」
「何ですって!?」
「確かな筋の情報です。だらしのない見た目は世を忍ぶ仮の姿……追ってから逃げのびたこの男は、目が眩むような大金を隠し持ってるとのこと!」
僕は手にしていたノビールのグラスを掲げる。
「この男を借金漬けにすれば、行くゆくその金は僕らのものに……さぁ約束された明るい未来に」
その場にいる全員が手近にあるノビールを掴むと、
「乾杯!!」
長いグラスの先端と声を重ね合わせた。各々がストローに吸いつき、恍惚な表情を浮かべる。
「今さらですが皆さん、飲み過ぎにはくれぐれもご注意を……さもないと」
「確かノビールの副作用でのびた脳が縮むんだっけ?」
「それで記憶障害が起きるんでしょ? 分かってるわよ」
すかさず周りから返ってくる言葉に、
「……余計なお世話でしたね」
僕は鼻で笑った。照明にさらされて輝く琥珀色の液体に目を細める。グラスに映り込む僕の顔が揺らめいた。縮んではのびたかに見えたその肌から、皺が消えていく――
「寿命までのびるだなんて本当にありがたいビールだ」
思わずそうこぼした。
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