四 姫彼岸花の孤独

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四 姫彼岸花の孤独

 クリスマスに父さん、母さん、姉ちゃん――家族がみんな死んだ。こんなご時世だけど少しでもいいもん食べて、クリスマスくらい楽しく過ごそうって三人は買い出しに行ったんだ。おれは高二にもなって家族で買い物なんて恥ずかしくて、ゲームするって言って行かなかった。そうしたら案の定、父さんたちは虫と自衛隊の戦いに巻き込まれた。急にがらんとした家の中を見て、クリスマスもクソもないと思った。なにがサンタだ。プレゼントをくれるどころかおれから大事なものを奪っただけじゃないかよ。  もともと暗い性格で友だちと呼べるような存在はいない。恋人なんてもってのほか。こんな妙な世界で、独りになった。  光熱費は父さんの名義だから勝手に払われてる。困るのは食べ物と日用品を買う金だった。たいした現金もなけりゃ、おれには貯えもない。 「しけてんな……」  夜も更けた頃、おれは自宅から数キロ離れたコンビニにいた。真っ暗な店内は荒れ放題で商品も少ない。腐った弁当やサンドイッチが取り残され、酒やインスタント食品はあらかたなくなっている。初めて来た場所だけどハズレだった。見つけたのは激辛を謳うカップラーメンと、スナック菓子二袋だけ。街中にはこんな状態の店がたくさんある。経営者や店員が死んで、店が放ったらかしにされてるんだ。そうするとまあおれみたいな奴とか、金はあるけどただで物を手に入れたい奴とかがこうして夜中に足を運ぶわけだ。    ――そう、おれの取った選択は、盗みをしながら生きること。  もちろん初めは躊躇ったさ。夜中の明かりもついてないコンビニなんて人目はないしいろんな奴が同じことやってるけど、悪いことには変わりない。  でも家族が死んで二週間もしたら、冷蔵庫は空っぽだしもともとあった備蓄もだいぶ減った。食うもんがなかったら生きられない。家族も友だちも彼女もいないけど死ぬ気にはなれなくて、近場のコンビニに走った。そこはその頃急に営業しなくなった店で、店長が死んだって話を噂で聞いてたんだ。行ってみたら店は真っ暗だった。もう何人も侵入していたのか、中は荒れていたけど、食べ物はまだたくさん残っていた。レジからでかいビニール袋を引っ掴んで持ち帰れるだけ突っ込んだよ。  一度味を占めれば、その後はもうおれを引き止めるものはなかった。コンビニだけじゃなく、ほしい物があればそれがある場所に行った。時には先客にどやされたり、店から出たところで正義を振りかざすような奴に見つかったこともあったけど、やめる理由にはならなかった。だってこうしないと生きていけないから。  だから店を出るときは念のため、周囲を確認してから出る。厄介ごとは避けられるならそのほうがいい。 「おっと……」  前から男の声がする。多分二人。物陰で息をひそめてやり過ごす。相手が誰であれ、このご時世に深夜に歩いてる奴らなんて、ろくなもんじゃない。男二人が通り過ぎるときにちらりと見ると、切れかかった街灯が迷彩服を照らし出していた。この辺を受け持ってる自衛隊だ。手には火炎放射器。花を燃やすために用意されたらしいが、効果がなかったって聞いた。……となると虫対策か。  充分に声が遠ざかってから身を乗り出した。あいつらは正義という名の暴力を振るう。言うことを聞かなきゃすぐに武力行使に出るんだ。  スナック菓子を一袋開ける。バリッ!という音が思いのほか辺りに響いたけど、それに反応する奴はいなかった。慣れてしまえばこの生活も悪くない。多少の危険はあれど飯はタダだし、なにも見つからないなんてこともない。  ――おれは一人でも充分に生きていける。  ♦︎♦︎♦︎  一月にクラスの女子が二人死んだ。正確に言うと、一人は十二月には死んでたみたいだけど。その前にも一人死んでたな。三組の人数はもうたったの五人だ。新年度を迎えてすぐの頃は窮屈でうるさいくらいだったのに、静かなもんだな。まあ喋る相手がいるわけじゃないから関係ない。授業はだいたい自習だし、もう学校来るのやめようかな。学校に行け、できるだけこれまでと同じ生活をしろ。そういうふうに口うるさく言う人は、もういない。  頬杖をつきながら教室を見回す。佐倉(さくら)白井(しらい)以外は誰とも話さず一人で過ごしていた。赤根(あかね)はまあ……しょうがないとして、千鳥(ちどり)もいつも一人だ。一日中タブレットをいじってる。たまーにほかのクラスの奴と話してると思ったら男ばっか。……やっぱり、あの噂は本当なんだろうか。  おもむろに千鳥が立ち上がり、教室を出て行った。短いプリーツの裾が揺れ、思わず目がいく。廊下で誰かと話していると思ったらほかのクラスの男だ。  学校から配布されているタブレットを見る。真っ暗な画面には伸びてそのまんまの髪に、さして特徴もない顔の冴えない十七歳の男が頬杖をついて映っていた。顔がいいわけでもなく、身長が高いわけでもなく、頭も運動能力も普通……か、それ以下。大也(だいや)なんて、完全に名前負けしてる。  明日を無事に生きられるかわからない世の中だ。童貞のままで死んでいいのかと聞かれたら、できれば、そりゃあ、おれだって。でも。たとえば……たとえばだけど、千鳥みたいな奴がおれなんて相手にするわけがない。  そう、思っていた。  
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