五 勿忘草の哀求

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五 勿忘草の哀求

 モバイルに登録された名前を眺めて、今夜会う人を決める。たいしたこだわりはない。その日空いてるからとか、暇だからとか、ヤリたいからとか、理由はなんだっていい。あたしが求めるときに同じ熱量であたしを求めてくれるなら、誰だっていい。学校であたしの噂があることは知ってる。誰とでも寝る女だとか、千鳥(ちどり)なら童貞を卒業させてくれるとか。まああながち間違いじゃないから、いちいち否定はしない。  爪先を着飾った指で画面をスライドさせて、ああこの人久しぶりに会ってみようかななんて軽い気持ちで連絡する。今日は、ヨシくん。会えばすることはわかっていて、みんなそのつもりで了承する。指を動かすたびにラインストーンがきらめいて、変えたばかりのネイルをいろんな角度から眺めた。  高校デビューってやつをしてみたかったわけじゃない。ただ中学よりも先生たちがうるさくないから、やりたいことをやっていたら今のあたしになった。  一年半以上通ってるネイルサロンはまだなんとか営業してる。でももうパーツ――ラインストーンとかパールとか、爪に乗せるやつね――が入ってこないからいつまでやっていけるかわからないって言ってたな。髪も自分で染めてるし、爪もそのうちセルフになるかもしれない。  毛先をいじりながら、ふと斜め後ろの席を見る。空席ばかりの教室に、最近また主を失った席ができた。いつも一人で、誰かとつるんでるところなんて見たことなかった人。  勝手に死なないでよ、大也(だいや)――。  またシャンプーしてもらおうと思ってたのに。  また練習台になってもらおうと思ってたのに。  やっと、独りじゃないかもって、思い始めてたのに。  ♦︎♦︎♦︎  ――学校から配布されてるタブレットでクラス名簿を見て、大也が死んだことを知った。連絡しても何日も返事がなくて学校も休んでて、おかしいと思って確認してみたら出席番号が減ってた。それからさらに何日か経ったとき、自衛隊のマサがホテルのベッドであたしを腕まくらしながら()()()()()()をした。  ――二週間くらい前に第四区画であったことなんだけどさ。  初めは興味がなかった。単なる世間話かと思ってふぅんって流してた。でも聞いてみたらそれはあたしのよく知る人のことなんじゃないかと思うような内容で、いつの間にか相槌を打つのも忘れてその話に聞き入っていた。  二週間前、いつものように虫と自衛隊の交戦があった。人間のほうは火炎放射器を持っていて、虫の攻撃による被害を受けた人もいたけれどなんとか羽を燃やすことができたらしい。虫は羽を根本の辺りまで失って完全に飛べなくなった。でも長い足を駆使した四足歩行みたいな走りも予想より速くて、一匹逃がしてしまったんだとか。  飛行による逃げ足の早さはニュースで報じられるほど有名な話で、それを封じたことで勝ったも同然と思っていたらしい。  それから一時間くらい経ってもう日付が変わる頃、虫と戦った隊の人たちはものすごい叫び声を聞いた。人間じゃない、金属を思いっきり擦り合わせたような、耳をふさぎたくなる声。誰かが「虫だ!」って言うから、怪我をしてない人たちを集めて声のするほうに行った。そうしたら、袋小路になった場所にお腹が焼け焦げた虫が一匹と、若い男の人が倒れていたらしい。虫も男の人ももう死んでいた。多分、相打ちだったんだろうって。男の人は身元がわかるような物は持っていなかったけど、見るからに若い。青年と呼ぶには早そうな、幼さの残る顔……高校生くらいじゃないかって話になった。  それで次の日いくつかの高校に当たってみたら、身元が割れたんだとか。その男子生徒は家族が一人もいなくて手続きをできる人がいなかったから、学校のほうで名簿から名前を外したんだろう。 「でさ、虫と高校生が倒れてた所に行くまでに花火の燃えかすが落ちてたらしくて」 「花火……?」 「それで虫の腹焼いたんじゃないかって」  一般人の、それも高校生が虫と戦って、相打ちとはいえ倒した前例なんてないよ、とマサは話を締めくくった。  深夜に一人で街にいた男子高校生、家族がいない、花火の燃えかす――そんな人、たくさんいるだろう。護身用に火を扱うような物を持ち歩いている人なんて、たくさん。たくさん。  でも、あたしの頭の中で結ばれた像は一人だけだった。急に連絡が取れなくなったあいつ。もう確認のしようがないけど、そうなんじゃないかって、確信めいたものがあった。  馬鹿。無謀なことすんな。でもやるじゃん。でも寂しい。死ぬなよ。  いろんな感情が一緒くたになって襲ってきた。  明日生きていられるかわからない世界で、そのときどきの選択はとても重要だ。命に直結することがたくさんある。選んだものが正しかったかどうかなんて、その人にしかわからない。……いや、本人ですらわからないかもしれない。正しいかどうかなんて、誰もわからないかもしれない。だって、正しくたって死んじゃうんだ。こんな世の中で、正しさなんてなんにもならない。  あたしが今わかっているのは、大也が最期まで精一杯生きたってことだ。  あいつのことを思い出したらどんどん暗い気持ちになってきたから学校は早退することにした。さっき連絡したヨシくんからも返事がきて、今夜は無駄な考えごとをしなくて済みそうだった。
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