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塩味
窓の外を眺めると雨足がどんどんと早くなっているのがわかる。
台風がやってくると今朝のニュースで見た通り、もうすぐ雨風がピークに達するのだろう。
外の喧騒とは裏腹にコンビニ店内には軽やかなBGMだけが鳴り響いていた。
「菅さーん。この調子じゃ客来ないっすね」
唐突に投げ掛けられた声に対して目もくれず、何度も見返してきた求人誌に目を落とす。
「また求人みてんすか?良いのあったら俺にも紹介してくださいよ」
へらへらとした笑みを浮かべて、バイト仲間の相沢は身体を寄せて視界の端に映り込む。
襟足の長い金髪の髪から、甘ったるい香水の匂いが鼻にまとわりついた。
「それにしても菅さん仕事探し頑張ってるんすね。三十四で独り身の転職ってキビしくないすか?」
「余計なお世話だ。ところでお前はどうなんだ。この先も此処で働くのか?」
「俺まだ二十四歳すよ?いずれ株で大儲けする予定なんで!」
将来を疑う様子もなく言い切る相澤に対して眉をひそめる。俺も昔はそんなことを夢想して何とかやっていけると思っていた。
それが今やどうだ。印刷会社に就職したものの上司のパワハラで仕事を辞め、再就職を逃してこの歳でコンビニバイトをしている始末だ。
「現実はそう甘くないんだよ」
せめてもの忠告として言葉をかけるが「あーそうすか」と気怠げに言って相澤はまた携帯を弄りだした。
後先を考えず話を聞かないのは、若者の特権であった事を思い出した。
「それより菅さん。治験ってしってます?」
「治験?」
突拍子もない言葉に思わず相澤へと視線を移すと、いつになく真剣な表情をしている。
「承認されてない薬とかを飲んだりするバイトなんすよ。臨床試験ってやつ?」
「ああ、聞いたことはあるけどそれがなんだよ」
相澤はわざとらしく誰もいない店内を注意深く見渡して、俺のすぐ側で声を潜めた。
「実は知り合いから治験のバイト誘われてるんすけど、募集内容に俺は当てはまらなくて。菅さんよかったらやりません?」
まるで犯罪の算段を持ちかけるような様子の相澤を見て、俺の答えはすぐに決まった。
一ヶ月ほどしか付き合いがない若造の話なんて、誰が信用するというんだ。
「俺、結婚してて受けれないんで。紹介料だけ貰えれば紹介しますよ!ちなみにバイト代が一日で五十万っす」
俺は思わず求人誌を床に落とし、ごくりと唾を飲んだ。こいつが結婚していたことにもそうだか、その報酬額に驚きを隠しきれないでいた。
たった一日で五十万。俺はその後の相澤の説明など上の空で、五十万をバイトの時給に換算し始めていた。
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