2人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
しっかりと説明と注意事項を受け、俺は全てにサインをし終える。特に不審な文言はなく取り越し苦労だったようだ。
滞りなく契約を終えて白のつなぎ服に着替えさせられ、林田と共に別室へと移動した。
「それでは、始めましょうか。こちらを飲んで部屋の中で待機して下さい」
待機室と書かれた部屋の前で林田が一錠の薬と水を差し出す。
薬の説明を受けたが、脳に関する物だということだけは理解できた。
得体の知れない薬物を飲むのはやはり抵抗があるが、ここまできて背に腹はかえられない。
薬を受け取り、水で錠剤を喉の奥へと流し込んだ。
「何かあったら部屋の中のベッド脇にボタンがありますのでそれを押してください」
「わかりました。よろしくお願いします」
携帯は事前説明の通り預けて、待機部屋への扉に手を掛けた所でふと思いとどまる。そう言えばと林田の方へと振り返った。
「あの、この治験で亡くなったりした方はいないんですよね?」
尋ねる俺に対して林田は少し間を置いて動きを止めてしまった。
しかし、すぐに手を振ってにこやかに微笑みを返す。
「まさか!そういうことがあれば、もう試験なんてしていられませんからね」
林田の言う通りそれもそうかと頷き、部屋へと足を踏み入れた。
真っ白で無機質な部屋だった。良い風に言えば窓のないモデルルームの様だ。机とソファー、本棚にベッドとシンプルな作りをしている。
その中で一際目についたのは壁に備えつけられたデジタル時計だ。
どのくらい時間が経ったのか一目でわかるほど大きく掲示されている。
ソファーに腰掛け、真ん前の時計を見ると十七時半を示していた。
「さて、どうするか…」
林田の説明によると、薬を飲んでから二十四時間経てばこの部屋から解放されるらしい。
電波を遮断している部屋らしいのでテレビを見ることもできない。
先ほど林田が勧めてきた本でも読んでみようかと立ち上がる。
「確か『君の雑炊が食べたい』だったか…」
本棚には純文学や漫画、小説に絵本など多種多様な本が揃えられていた。
それもそうだろう。部屋の中での娯楽はこの本くらいなのだから。
目当ての小説を見つけて手に取りパラパラと捲ってみる。
昔から小説は苦手だ。想像力に乏しいためか、どうにも読むのに時間がかかってしまう。
「ま、時間なら十分にあるか」
誰もいない静かな部屋で一人ごちて、インスタントコーヒーと茶請けの饅頭を用意してソファーで読み始める事にした。
何冊か小説を読めばあっという間に終わるだろう。
それこそ、暇な深夜のコンビニバイトよりかは、何倍も時が経つのは早いはずだ。
最初のコメントを投稿しよう!