シーフード味

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 そろそろ出来上がる頃合いかと、カップ麺の蓋を開ける。暖かな湯気が立ち上がり食欲のそそる海鮮の匂いが腹を刺激した。  割り箸を割ってほぐそうと麺に触れた瞬間。ガチンと固いままの麺が箸を弾いてしまった。  少し伸びた麺が好きなこともあり、いつも表記された時間より長く待つことにしている。とっくに三分は経っているはずだった。  いくら暇を持て余しているとしても、感覚と現実が嚙み合わない。  時計を見ればを告げていた。  嫌な冷や汗がゆっくりと首筋を伝うのがわかる。ここまで時間の進みが遅いと、なにか得体の知れない恐怖が湧きあがってきた。  単に時計が壊れているだけなのか、もしくは脳に何らかの異常でもあるのか。    ベッドの脇にあると言われたボタンを押すべきだろうかと思い悩む。  いや、こんな感覚的なことで中止してしまってもいいのか。そもそも、この現象をなんと説明していいものか見当がつかない。  いくらかの自問自答を胸で繰り返し、傍らの本を手に取ることで不安な気を静めた。  意識を本の物語に集中して、なるべく他のことは考えないように努める。  本の内容はしっかりと認識できるが、ページを捲る手が思うように動かない気がした。  しかし、今更辞めるわけにはいかない。どうしてもやりきらなければ。  もはや麺が伸びてしまおうが関係がなかった。出来上がるのをただひたすらに待つ事にした。  *         *          *  ゆっくりと、緩慢に、かたつむりよりも遅いスピードで麺を箸でつつく。  先に当たった感触が、一向に伸びる気配がない麺が、その硬さを指先に伝えるのはどれくらい後だろうか。  俺の思考以外のものが、すべて遅くなっている。  視界に入るデジタル時計の秒数が、時折思い出したかのように動く。 時計にはと表示されていた。    叫びだしたい衝動に襲われる。いや、実際に声を出そうとしているのに全く口が動かないのだ。  明らかに体感している時間と、現実の時間がかけ離れていく。  どうして。何故。おかしい。  異変を感じてすぐに助けを呼ぶべきだった。  そもそも、こんな怪しげな実験に付き合うべきではなかったのだ。    ボタンを押そうと何度も立ち上がろうとしているが、身体が全くついていかない。  俺の意識以外の全てが止まってしまう気がして恐ろしくなる。  目の前で湯気を立ち上がらせ止まったままのカップ麺は、いつ完成してくれるのだろうか。  『伸びろ、伸びろ、早く伸びろ!!!』  どれほど強く思い念じてみても、世界が動きを取り戻すことはなかった。          
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