ご馳走様

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ご馳走様

 ガチャリと待機部屋の扉が開かれた。  二十時ちょうどに部屋に入った林田は、モデルルームのような部屋の中をぐるりと見渡して、深くため息を吐いた。  「また、駄目でしたか」  箸を持ってカップ麺を前に静止したままの菅の前まで歩みを進めて、林田はその顔を覗き込む。  瞳孔が開き一点を見つめたままの菅の手首を取ると脈を測った。しばらく触れ脈動する事を確認して、生命活動が続いている事を確認する。  「林田さーん。どうすか今回は」  開かれたままであった扉から、金髪の髪を指で弄りつつ現れたのは相沢の姿だった。  その声に林田は更に深く重い息を吐いて相沢へと向き直る。 「どうもこうもない。失敗だよ」 「あー、またこのパターンなんすね。菅さん止まっちゃって可哀想に」  動きを止めた菅の目の前まで近付いた相沢は、菅の顔の前で手をひらひらと移動させて見せる。 「結局これってどういうことなんすか?」 「菅さんに投与した薬は、簡単に言えば体感時間が延びる薬なんだよ。例えば、アスリートでいうところの『ゾーン』に入るといった現象や、事故が起きる瞬間にスローモーションに見える現象。それらを脳の処理速度を上げる事によって意図的に起こしている」 「はぁ、何回聞いてもよくわかんないすね」  興味なさげに答えた相沢は菅の横に座り込んだ。 「要するに菅さんはおそらく一秒が何十時間にも感じてしまっている。そうすると脳の処理速度に身体がついていかずフリーズしてしまうんだ。もっとも、本人から直接聞かない事には詳細はわからない」 「廃人みたいになってるのに聞けないすよ。どうなったらこの実験は成功なんすか?」 「人間的な活動を保ちつつ、効力を思いのまま操れる様になれば成功と言える。十分なデータを取るためにはもっと試行回数を重ねるしかないね」  眉間に手を当てて、苦い顔をしたまま林田はその場を徘徊し始めた。   「まぁ、俺は金さえもらえればそれでいいんすけど。これからも続けるなら給料上げて貰っていいすか?」 「投与してから三十分ほどは身体機能を損なわない程度に作用していたはず。それ以降に加速度的に動きが鈍くなったという事はーー」  相沢の問い掛けが全く耳に入っていなかったのか、顎に手を添えたまま壁に言葉を投げかけ出した林田に、相沢は呆れた様子で視線を外した。  菅が手にしたままの箸を相沢が抜き取り、テーブルの上ですっかり冷え切ったカップ麺を持ち上げる。  フタを開けてみると、汁を吸い取りきった麺が膨れ上がっているのが目に見えて分かった。 「あーあ、伸びきっちゃって。勿体無いんで俺が頂きますね」  そう言って相沢は伸びた麺を箸で持ち上げた。  静かな部屋に、麺を啜る音だけが残った。
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