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1章 麦味噌の記憶 〜つみれと大根とほんのり生姜〜
すっかり雨は止んで、アスファルトからは有機化合物の泥臭いニオイが漂ってくる。
人形町……アキはその駅に初めて降り立った。
東京生まれ東京育ちとはいえ、インドア派のアキからしたら行ったことのない街なんてたくさんあるのだ。
時刻は十五時。
「はぁー、お腹空いた」
意外と長く寝てしまったアキは、朝に比べると多少憂いが晴れていた。
春風からのメッセージを見返して、会社を仮病で欠勤したことを反省する。
でも死にたいという根底にある闇までは晴れやしなかった。
そんな精神状況でも、極度の空腹状態になっているアキは『みそ汁食堂 めいど』の暖簾を探していた。
「あれぇ、おかしいな? 地図ではここら辺にあるってなってるのに」
駅前の大きい車通りを少し歩いてから小道に入る。
路地には古びた商店やら横丁など、古めかしい情緒溢れる建物が乱立していた。
業務端末に届いた同僚の春風の情報を頼りに、目当ての食堂を探している。
探しても探しても、『みそ汁食堂』なんて看板は見当たらない。
というより、それっぽい建物しかなく、探しづらかった。
空腹のお腹を押さえながら、スマホと街並みを交互に見ながら歩いていく。
全然見当たらなくて徐々にイライラしてくる。
もう匙を投げようかと半ば諦めていた時に、見ていたマップアプリの経路表示が突如現れた。
「え! 何もしてないのに……」
アキは驚きながらも、その通りに歩を進めてみることにした。
きっと間違えて押しちゃったのだ。運良く道標が開かれて、空腹のアキの足取りも軽くなる。
行き着いた先は、一見袋小路になっているように見えた。
だけどよく目を凝らして見てみると、古民家とシャッターが閉まっている草臥れたタバコ屋の間に、人一人がギリギリ通れる超絶細い小道があった。
「あの道……通っていいのかな」
一歩踏み出そうか迷っていると、後ろから一匹の白い猫がアキを追い越して奥に進んだ。
素早く、音がなかったので、アキの心臓が跳ね上がった。
「びっくりした……」
アキも躊躇しながら進んでいく。奥の方に進んでいくにつれて、空が暗くなっていくように思えた。
アキは冷や汗をかきながら、スマホの画面の光を頼りに進む。
呼吸が浅い。
コンクリートの道から砂利道に変わった辺りで、そのお店は現れた。
「ようやくあった! みそ汁食堂……めいど」
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