1章 麦味噌の記憶 〜つみれと大根とほんのり生姜〜

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 由緒ある木造建築の一軒家に、薄明りの提灯がぶら下がっている。  おかしい……まだ夕方にもなっていないのに、こんなに周囲が暗いなんて。  暖簾には確かに『みそ汁食堂 めいど』の文字がある。アキは体が固まって動けないでいた。  まるでここだけ世界が違うような、異様な建物……困惑しているアキが、ようやく後退りしようと足を戻した時、建付けの悪そうな引き戸がガラガラと開いた。 「いらっしゃい! お客様でしょ?」 「え? あ、ああ……」  中から割烹着を着た、手足の長いスタイルの良いお姉さんが出迎えてくれた。  背が大きくて、顔に骨っぽさを感じない綺麗な顔。まるでモデルのようだ。  長くて艶のある黒髪は、後ろで一本に結んでいる。 「どうぞ、中に入って」  アキは言われるがまま中に入る。店内はカウンターのみだった。  木製の椅子の上には、平べったい座布団が置かれている。それが全部で五席。隣同士の間隔はそこそこ狭い。  いきなりカツオの出汁の香りがアキの鼻腔を擽った。 「良いニオイ……」 「ふふ、そうでしょ? ほらほら座って!」  カウンターの向こう側がキッチンになっている。お姉さんはニコニコしながらキッチンに入った。  沸騰していた鍋の火を止めて、中に入っている出汁の味の確認をする。 「うーん……よしよし、良い感じだわ」  店内を見渡すアキ。  外観に比べると、内観はだいぶ清潔感がある。あまり物が置かれていないからか。  いたってシンプルな構造。余計なものはないという感じだ。  キッチンのほうも気になってつい目をやると、キッチン側からぴょこっとテーブルに白猫が参上した。  急に現れた大きな白猫を見て、アキはつい大きい声を出してしまった。 「あ! さっきの白猫ちゃん!」  ここに来る途中で、アキを通り越して進んでいった猫だ。  お姉さんは笑いながら猫の前に小さな皿を出した。 「あらあら、初めましてじゃないのね」  白猫は小皿に入った出汁をペロペロとなめている。  テーブルの上に猫……普通なら違和感があるはずなのに、不思議とアキは受け入れられた。  そのモフモフに触りたくなって、手を持っていこうとすると、白猫はギッとアキを睨んだ。 「ワシに気軽に触るなよ。今は食事中なんだ」  ……目を丸くさせて、状況を整理しようとするアキ。  しかし、まったく理解できない。  え? 猫が……。 「猫がしゃべった!?」
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