1章 麦味噌の記憶 〜つみれと大根とほんのり生姜〜

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 アキの甲高い声に、白猫は耳を畳んだ。  目線を小皿からアキに移す。 「お前、うるさいな。静かにできんのか」  この猫、言葉を話すだけではなく、ちょっと偉そう……アキは内心でそう思った。  あまりに不気味なのでそれを口にするのはやめておいたけど、いい気はしなかった。  お姉さんは白猫の胴体を撫でながら、怒りを宥めてくれる。 「まあまあ、猫神様。この子も話す猫を初めて見て、驚いているのよ」 「猫神……様?」  理解に苦しむアキ。  猫神様とは一体何なのか。  目の前で小皿に入った出汁をペロペロ飲んでいるけど、気になってしょうがなかった。  お姉さんはうふふと小刻みに笑いながら、料理をしている手元の動きを忙しくし出した。 「あ、私のことはサリって呼んでね。そこんところの詳しい話は後でで。お腹空いてるんでしょ?」 「え、ええ……まあ」 「このお店に来たってことは、そういう運命ってことだもんね。ちょっと待ってて、今作るから」  サクッと自己紹介を終えたサリは、まな板の上に大根をのせた。そのまま鼻歌交じりに包丁で切り始める。  サクサクと手際よく、大根が小さくカットされていく。  俗にいういちょう切りだ。ものの三分くらいで仕上がった。 「根菜は体を温めてくれるのよ。最近寒い日続いてるでしょ?」 「そ、そうですね。もうすぐ夏なのに……」 「ほんとよねぇ。優柔不断なお天道様だわ」  さっきまで煮詰めていた出汁の中に、いちょう切りされた大根たちを投入する。  その間に冷蔵庫の中から鶏肉のミンチが取り出された。  その様子も、アキの席からバッチリ見て取れる。  ボウルの中に入った鶏ミンチに、合わせ調味料をササッと入れた。あまりのスピードに、アキの目では何を入れたかはわからない。  サリはその華奢な手で力強くこね始めた。 「鶏団子ですか?」 「そうそう。この合わせ調味料にはしょうが汁が入ってるから、あったまるわよ」 「すごい……あっという間にできていきますね」  こんなにテキパキした料理は見たことがない。  アキは自炊をするタイプではなく、目の前で一種のショーを見ている感覚になった。 「慣れれば誰でも簡単よ。あなたでも、あなたのお父さんでも、誰でも作れるわ」 「私の……父でも?」
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