最終章 おふくろの味 ~北海道味噌の石狩風みそ汁~

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「お前さんはもう、大丈夫そうだな」  長らく、猫神様の声を聞いていなかった気がする。  春風が消えていったのを見届けてから、アキに向かって猫神様が声をかけた。 「そうですね……私もそろそろ、現実世界に戻らないと」  いなくなった春風の席を見つめながら、アキは喪失感を抱く。  それでも、進まないといけない。強く生きることを決めたのだから。  ひと段落して食器類を洗っていたサリは、唐突に猫神様に質問をした。 「そういえば、どうして斎藤カオルさんは人間だった時の苗字を、神様になっても使っていたのかしら?」 「え、サリさん、それってどういうことですか?」  猫神様に答えを求めているサリに、アキが聞く。  答えを知っていそうだった猫神様だったけど、サリに話させてあげた。 「いやね、春風君は斎藤と名乗らなかったでしょ? 神様になってから、春風という名前で活動することになった。どうしてカオルさんだけ、人間だった時の苗字を使えていたのかなって」  アキは「確かに」と言って、その意味を理解した。  猫神様はいよいよという感じでテーブルの上に仁王立ちし、サリとアキに聞かせるように大きい声で答えてあげた。 「それはな……おそらく、たまたまだ」  サリとアキが声を揃えて「たまたま?」と声にする。  猫神様は笑いながらさらに説明を続けた。 「斎藤なんて苗字、たくさんおるだろ。神の姿になってから、自然と名前を名乗るようになる。その時に、たまたま斎藤と名乗ったんだ。だから斎藤カオルだけ、斎藤を使っていた」  サリは「なーんだ」とつまらなそうに顔をしかめて、洗い終わった皿を拭き始める。  アキも続けて「本当、運命は神様の気まぐれですね」と、この不思議な世界の摂理を語るようにして言った。  サリと猫神様、そしてアキが、三人で笑い合う。  もう少しで、ネトの酒場に変わる時間帯だ。  三重苦を抱え、人生を諦めようとした時に出会った、謎の食堂。  今日もまだまだ、営業は続く。  アキは生まれ変わったような気持ちになっていた。  まずは会社に行って、春風が退職したとかなんとか言わないといけない。  そして、アキも退職することを、この時決意した。
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