You will be quiet #6

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 その手は、私のお尻に手のひらを合わせ、こちらがそれと気づかない程度に撫ぜていた。私はそれで、すぐにもひらめくことがあったのだ。    ……この手は、もしかして鉄くんなのだろうか。  そのことに気がついた瞬間、全身に喜びが、まるで一面の野原にいっせいに花が咲いたように、満ち溢れたのがわかった。  ついにまたーーあの至福の日々が再開されたのか。  私はいますぐにでも振り返って、その存在を確かめたかった。鉄くん。でも、どうしてーー急にまた、この私のカラダを触ってくれるようになったの?  そう考えたとき、それまで花咲いていた私の喜びが、いっせいに萎れるのがわかった。  ……この手は、違う。別人だ。鉄くんではない。  私にはわかる。いや、わからないわけがないのだ。  誰がただいま愛している相手とのデートの待ち合わせに失敗するだろうか。誰がーー電話でのその愛する相手の声を聞き分けられないだろうか。  誰がーー。  この手のぎこちない、ブザマな動きは、まったく鉄くんではないのだ。まるでまがいもの(フェイク)のダイヤモンドだ。  いや、まがいもの(フェイク)どころではない。まがいもの(フェイク)のまたまがいもの(フェイク)なのだ。  その手はさっきから、この私のお尻を我がもの顔のように撫で回していた。途端に私のうちに、突発的な怒りが押し寄せてきた。  私は無意識のうちに、履いていたヒールのかかとでその相手の足の甲を渾身の力で踏みつけていた。そのときはっきりと、バキッ、という音が聞こえ、ギャッ! という声がしたのと同時に私は、助けてください! 痴漢です! と叫んでいた。  その男とともに停車した電車から降りると、近くにいた男性が駅員さんをすぐに呼んでくれ、事情を話した。  それから駅事務所に行くと、警察が呼ばれた。  その男は、もう十二月になるというのに素足にサンダル履きで、おかげで私のヒールのかかとが直撃した部分は真っ赤に腫れ上がり始めていた。足の甲の骨が完全に折れてしまっているらしい。  駆けつけた警察官には、過剰防衛だとひとしきり叱られたが、自分がそのときどれだけ不快な目にあったかと、暗い顔でとうとうと述べただけで静かになった。  被害届を出すために、これからさらにこの男とともに時間を過ごすのも嫌だったし、足の甲を砕いてやったことで満足してもいたので、私は示談で済ませることにした。  ヨレヨレのジャージの上下を着た、髪の毛のべとついた小柄で年齢不詳、職業不詳のあの男は、二重に不運だった。  まずは、よりによってこの私を痴漢した、ということ。そしてもう一つはーー彼は鉄くんのまがいもの(フェイク)だった、ということだ。  やがて解放され、駅事務所から出ると、自分がそもそも何をやっていたのかを忘れてしまっていた。  そうだ。結局私はーーこの日サギに会えずじまい、だったのだ。  その翌日も、私はサギを観察するために電車に乗り込んだ。 
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