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いつものように待ち受けていると、停車した電車の扉が開いて、サギが乗り込んできた。
が、これまでとは何か様子が違った。
サギが、はっきりとこの私と目を合わせているのだ。
私はとっさにうろたえて、すぐに目をそらせた。とたんに全身に冷や汗をかいてくる。
いったい、どういうことだろうか。何が、起きたというのだろうか。
……まさか。
やがて電車が止まると、私はすぐにも降り、急いでその場から去ろうとした。すると背後から、
「……昨日は大丈夫でしたか?」
そう、サギが話しかけてきた。
私が黙り込んでいると、サギは自分から、昨日私が痴漢にあったこと、その男の足を踏んづけてやったことなどを言ってきた。
サギは一連の騒動を、離れた場所から見ていたのだという。
「私だけじゃなくて、あのときはみんな見てましたよ」
サギは軽い笑みを浮かべながらそう言って、じっと私の顔を見ていた。まさか本人から話しかけられるとはまったく考えていず、私はただただ困惑していた。
まず、サギがこの話を、これから鉄くんにしないとも限らない。もし、しばらく前から私が同じ車両に乗り合わせることが多かったことにサギが気づいていてーーおそらく気づいているーーこと細かに私の外見などを鉄くんに説明などしたら、彼に私がサギにつきまとっていたことを知られてしまわないだろうか?
私は心から昨日のことを後悔しつつ、あの男のことを呪った。そして同時に、コートのポケットの中の汎用ナイフの柄を握りしめていた。
……逆に考えれば、これはまたとない好機だ。
いまなら、このふざけきった小娘を綺麗に始末してやることができる。
そもそも、自分が痴漢常習者のくせに、大丈夫でしたかも何もないものだ。
いますぐにこいつの頭をわし摑んで、その首元を掻っ切ってやれば、すべてが終わる。
私はサギと黙って目を合わせた。彼女がまた、口角を上げて微笑む。
するとなぜか、私の体はそれ以上動かなくなった。
……私は、この少女を殺してやりたい。
でも、果たしてそれは、ほんとうにいまなのだろうか?
私はこの少女について、まだ何か知らないことがあるような、そんな気がしきりにする。
そのときホームの向こうから、もう一人女子高生が近づいてくるのが見えた。
手を振りながら、こちらに向かってやってくる。
友達だろうか? サギもそのことに気づいたようだ。
そのうち、このもう一人の少女と一緒にサギは学校に向かってしまうだろう。そのまえに、何か答えなければならない。
焦った私は、無意識にもつい、
「自分は痴漢に遭いやすいので、いつも困ってるんですよ」
と答えてしまっていた。
するとサギは何度も頷きながら、
「だって、すっごくお綺麗ですもんね」
と言ってきた。
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