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一柳といったら、家電メーカーの関東の雄だ。
その御曹司・一柳碧斗(いちやなぎ・へきと)ときたら、十九歳の若さでルックスよし、頭のキレよし、愛嬌よしと三拍子そろっていた。
これでモテないはずがない。
今日も颯爽と長い足を交差させて、一階デイスに上る、
それだけの仕草で若い女性(若くない女性も)黄色い声をあげた。
「本日はお越しくださってありがとうございます。我が一柳の新しい製品をご覧ください」
バックに表示された画像を、碧斗は手元のタブレットをスワイプして次々と変えていく。
そのときだった。変な人物に気づいたのは。
(ん……? あの人なんだろ)
帽子をかぶり、目にはサングラス、ひげをたくわえた無精な男が、女性陣を突き飛ばす勢いでぐいぐいデイスに近づく。
その手はジャンバーの中に入れられ、そのふくらみは、何かを隠し持っているかのようで。
碧斗さんが危ない!
律子は腰につけた安全輪付きカラビナを取り外し、二階フロアの手すりにつけた。
「不審者発見。碧斗さんに近づいています」
言うなり。ぶちぬきの空間にダイブした。カラビナからつけられたロープをつたい、下へ到着。
――ズンッ
脱色した茶髪のボリュームのあるポニーテールを翻して床にひざをつくと、すぐさまデイスに向かって駆け寄っていった。
「すみません、ごめんなさい」
人をかき分け歩く。その一生懸命さもむなしく、先に男がデイスに上り、その凶刃を振り上げた。
「てめえのせいで俺は会社首になったんだ」
不審者が荒い息で言う。
きゃあ、と女性たちの間から悲鳴があがった。
「危ない、碧斗さん!」
律子は備え付けの鉄球を振り回した。
「ごふっ」
その鉄球は男の腹に命中。
続いて蹴り!
その蹴りは、ナイフを撥ね飛ばした。
嗚咽をして前かがみになった頭を、律子は抱きかかえ、腰から手錠をとって、その手首に嵌めた。
「不審者、確保しました。碧斗さんに怪我はさせていません」
「よくやった、本郷」
鈴城が駆け寄り、肩を叩いた。
さすがりっちゃん先輩っす、とチャラい後輩・葛西も近寄ってくる。
――ごく。
本当に言葉が欲しいのは彼ら仲間からではない。律子は息を飲んで碧斗を見つめる。律子が守った美しい御曹司の姿を見つめる。
「ありがとう、本郷さん」
――生きててよかったあ。
碧斗が礼を言う、それだけで、天にも舞い上る気持ちだった。
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