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「うん、今の紗絵ちゃんの使い方はうまかったと思う。でも、エスコート役にってどういうこと」
「ええと」
ここは生協の裏にあるベンチ前。
なぜかふたりとも、座らず立ったままにらみあっていた。
腕を組む千尋に対して、律子は低姿勢だ。
不思議だ。紗絵に対しては、いくらでも攻撃的になれるのに、紗絵の兄にはこれほど低姿勢でいなければいけないとは。というか、千尋とは、碧斗の護衛役をしはじめてからあまり話したことがなかったのだ。
まあ、小さいときは、「千尋お兄ちゃん」と懐いて手を繋いで歩いたときもあったが、それは完全にお互いにとって黒歴史だ。
あ、いや、千尋に確認したことはないが、たぶんあちらにとっても黒歴史だろう。
(今は黒歴史を掘り起こしてる場合じゃないわ、頼み事をするのよ)
これも頼み事をする側の弱みか……と、歯噛みしたいのをこらえて笑顔を強いて作った。
「ええっとね。実は碧斗さんにパーティーに来るよう頼まれて」
「ええっ! 君が? マジで?」
「そうよ」
頬が火照るのがわかって、そっぽを向いた。
「紗絵には悪いと思ってるけど」
「……思ってる?」
千尋は、軽く律子をせせら笑った。
千尋が何を言いたいのかわかる。つまり、紗絵の目を盗んで碧斗と逢引きしていたことを咎めたいのだ。
(傷つくな…………わかってたことじゃない)
碧斗の行く道には紗絵がついていく。
仲間はずれは自分だ。
「律子」
千尋はちょっと真面目な顔になって言った。
「うちの母がごめん。碧斗さんとのデートのあと、ぶったって言ってた」
「あ、うん。あたしこそ……紗絵から碧斗さんを奪う真似したし。だって紗絵が碧斗さんの婚約者なのに」
「そうだな。君は紗絵ちゃんがどれだけ傷ついたか知らない」
居心地の悪い沈黙が流れた。
こほん、と千尋は咳払いをした。
「紗絵ちゃんを傷つける真似をするな。己の分をわきまえて、ボディーガードの座に甘んじていろよ」
「わかってる。じゃあ、エスコート役はもうなしってことで」
「あ、いや、そこまでは言ってない。エスコートはするよ」
は? と律子は言った。
「でも、ちょっと条件があるかな」
「何よ」
律子は千尋をにらみつけた。
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