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頬にもみじの跡を残した千尋は言った。
「当日、五時に」
「五時に」
千尋はやけにそそくさと、運転していた車から律子をエスコートしておろした。
律子は、なぜかぼんやりとして千尋の車が移動するのを見た。
想像していたよりもずっと容易くエスコート役を頼めて、良かったと思った。胸をさすったから当然よね、と律子は頼む側なのに仏頂面で考えた。
――あの声、忘れなさいよ。
とは、恥ずかしすぎて全然言えなかった。
律子は、寮の窓からさっとカーテンを開けて、敷地内にある駐車場に、ミニバンが入っていくのを見た。
碧斗のミニバン。
――また、深夜のドライブから戻ってきた。
玉川の運転ではなく、碧斗自身の運転する車で、葛西とふたりでお出かけだ。
ごくたまにあるのだ。
葛西は、あのあけっぴろげな青年には珍しく、「男同士の秘密っす」と黙っている。
(碧斗さん、何を考えているの?)
それは、律子を着飾らせて侍らせることと関係があるのか。尋ねる勇気は、律子にはない。
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