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「楽しませる? まずは俺からだろ」
葛西が、木製の小太刀の柄(つか)を左手で握ってくるくる動かした。
「な、なんだよ、こっちには人質がいるんだぞ。舐めた真似するとーー」
後ろの海がよく見える岸壁には、律子がいる。
(今よ)
律子は勢いをつけて男の首に後ろからしがみついた。
「はあっ?」
男は、背後からの急襲に慌てふためいた。
「ぐ、ぐ、ぐ……。や、やめっ」
ひげ面の男はぐ、と苦しみ、お嬢様を解放した。
「いやあ、葛西!」
「お嬢様」
葛西はお嬢様を背中に庇い、木刀を持って男に近づいた。
「う、ぐ……くそっ」
男は律子の首締めを火事場の馬鹿力ではねのけた。しかし、葛西が肩に木刀を振り下ろし、初太刀で仕留めた。
「あいったあああ」
「確保」
律子は腰にじゃらじゃらつけた手錠で、その男をとらえた。
「ご無事でしたか? ――紗絵お嬢様」
「っ、まあ、無事よ。ありがとう、葛西。――律子」
紗絵お嬢様は「パンツ見られた」と泣きべそをかいてはいるし、どこかで休ませる必要もあるだろうが、怪我ひとつしなかったようだ。
時盛翁は、うむ、と満足気に執務室でうなずいた。
「千尋の妹をよく守った。紗絵は一柳の血を薄くだが継ぐ娘。千尋が妻を娶る気がない以上、紗絵だけが頼りだ。これからも励め」
「はいっ」
律子と葛西は神妙に頭を下げ、その場を後にした。
「あ、本郷専務」
律子は、執務室の外で本郷専務とその娘の紗絵の姿を目にした。どうやら時盛翁に会いにきたらしい。
「律子、よくやった」
本郷専務は言い、愛娘の紗絵の髪に手をやった。
「本郷専務に面接で落とされた男が逆恨みをしたようです」
「逆恨みにもほどがある。だが、紗絵に傷ひとつないというのはよい知らせだ」
ほっとしたように本郷専務は言った。しかし。
「パンツは見られたわ……お父様」
こんなことを紗絵は言う。
「パンツを!?」
しかし今無傷で、と本郷専務が律子と葛西を見る。
「ほ、他には」
焦りの見えた本郷専務は尋ねた。今度も紗絵が爆弾を放った。
「み、耳も舐められたわ」
「律子。ちょーっと二時間ほど伯父さんとおしゃべりしようか」
「いやあああ、葛西も、葛西も防げなかったんです」
「りっちゃん先輩がほんとに間抜けだから」
「自分だけは悪くないって言ってるんじゃないわよ!」
結局、律子は本郷専務に三時間お説教された。
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