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「むううう~~! 乳牛には言われたくないの」
「ちっ……!」
乳牛と言われて、律子は反射的に胸の前で腕をクロスさせた。
「うまいこと言うな、このお嬢様」
真顔で鈴城がセクハラ発言をかまし、葛西がにやにやしながら律子の胸あたりを見た。
(こ、こ、こいつら……!)
律子は屈辱のあまり、暴言を吐きそうになったのを我慢した。
「――あ、そっかあ」
屈辱から立ち直ったのか、紗絵は頭が冴えてきた顔をした。
「アンタさあ。叔母様が庭師の男と駆け落ちしてできた子なのよね」
「……そうだけど」
いまさらのことだ。
「で、アンタの両親は情熱的に愛し合って結婚したふたりなのに、すぐ破局して叔母様が子連れバツイチで戻ってきた子で、今まで不遇にされてきたのよね」
キャハハと紗絵は笑った。ぐっと律子は痛いところをつかれてつまった。
バツイチ子持ちで帰ってきたあとの律子の母は酷かった。マンションにひとり住み、次から次へと愛人を連れ込んでゴージャスな生活をしている。律子のことは邪魔だし、律子もそんな母親を軽蔑している。つまり、律子はいらない子なわけだ。
だから、幼少期に律子を見出してくれた碧斗(へきと)には、恩義があり、大勢の目からねたまれる碧斗を守りたいと心に誓い、今のポジションに落ち着いた。
「碧斗さんのかわりに暴漢に刺されて死になさいよ。そしたらあたし、碧斗さんと、あんな乳牛もいたねって笑って結婚できるわ」
(ああ、そう)
紗絵の罵倒の言葉に、逆に律子は落ち着いてきた。だから、言い返すこともできた。
「あたしは生き残るわ。強いもの。紗絵が結婚できるのはいつになるやら」
「殺すわーー! この乳牛」
「何をやっているんだ、このふたりは」
にらみ合うふたりを、あきれたように見る専務だったが、息子の千尋の方はまだ違った様子だった。
「へこまされてる紗絵ちゃんも可愛いなあ」
などと紗絵の兄の千尋は相変わらずシスコン全開であった。
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