のばすチカラ

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(このままでは死ぬ…神様、助けてください!)  ケイタは落ちこぼれの高校生だった。勉強もだめ部活もだめ、人付き合いも苦手で彼女どころか友人もいない。役立たずで誰からも相手にされない自分に、生きる意義も見失いそうになっていた。  その日も部活を終えて夕暮れの帰宅路を歩いていた。いつもと違ったのは、歩道の花壇に体調の悪そうな老人が腰掛けていたことだ。   家に帰る大人たちが、老人には目もくれず足早に通り過ぎていく。 「大丈夫ですか?」  ケイタが近寄ると、老人は苦しそうに胸を押さえている。 「うぐぐ、ぐるしい、薬はあるんじゃが水がなくて…」 「ちょっと待ってて!」  ケイタは近くのコンビニに走ると、水を買って戻り老人に渡した。 「ふぅ〜、おかげで助かったよ。ありがとう。お礼をしたいのじゃが、わしは神様なので金を持っておらん。なので君にすてきな力を差し上げよう」 「え、あ、お礼はいいです。困った人を助けるのは当然ですから」  ケイタは急いで立ち去ろうとした。 「逃げなくても大丈夫じゃ。わしは変なものを売りつけたりとか、宗教の勧誘をしたりとかはせん。正真正銘、神様じゃ」  神様なら水ぐらい自分で何とかできるだろ、とケイタは思った。 「水筒は天界に忘れてきた。神様もそれぞれ役割や能力があってじゃな…まぁよい。それよりどうせ暇じゃろ? 神様の話ぐらい聞いていけ。何なら悩みのひとつぐらい聞いてやってもいいぞ、ヤマダケイタ君」  「な、何で僕の名前を…」 「神様じゃからな。そこそこお見通しじゃ」  全部じゃないんかいと心の中で突っ込みながらケイタは隣に腰掛けた。 「お礼に君に授けるのは、好きなものをのばせる力じゃ」 「のばせる…?」 「のばせると言っても時間や能力ではない。物の長さをのばせるということじゃ。生き物はだめ。当然、無制限にはのばせんぞ。今の長さの2倍まで。かと言ってあまり大きなものは駄目じゃ。スカイツリーを突然2倍にしたら倒壊して大変なことになるからな」 「ぜんぜん好きにのばせないんだけど……あ、金の延べ棒を買ってもらって倍にするのはありですか?」 「若いのに生活臭漂う発想じゃな…その類の要望が多いので、制約が設けてある。この力は、のばしたい物と同じ種類で別のものを、同じ割合で縮めないといけない。つまり、のばしたい物と代わりに縮める物の2つを決めて念じることで発揮されるのじゃ」 「…あの、ペットボトルの水1本分なのはわかりますが、この能力、何に使えるんです?」 「はっはっは、簡単に決めつけてはいかんぞ。この世に役に立たないものなんてない。人間だってそうじゃ。君は若いし時間はたっぷりある。よく考えてみるといい。おお、そうじゃ忘れるところだった。この能力は一度きりしか使えんからな」 「えっ、たった1回⁈」 「人生の転機とかチャンスとか、そういうもんじゃろ? 重要なのはそれを活かせるかどうかじゃ。では、水をありがとう」  ケイタが気づいた時、老人はペットボトルと一緒に消えていた。  あれから5年。その力は使われず、ひと月も経たないうちに老人のことも忘れていた。  ケイタは高校を卒業して小さな会社に就職し、うだつの上がらない毎日が続いていた。  その日は遅くまで上司の酒に付き合わされ、泥酔して一人暮らしのアパートに戻ると、ベッドに倒れ込むなり眠りに落ちた。  夜中に物音で目を覚ました。  音がした方を見ると、月明かりの中で人影が動いている。棚の中身を出して何か捜しているようだ。ケイタは玄関の鍵をかけ忘れたことに気がついた。 「泥棒っ! 誰か、警察呼んでくださいっ!」  人影が飛び掛かってきてケイタに馬乗りになった。小柄なケイタとは正反対の大男だった。男は片手でケイタの口をふさぐと、もう片方の手を首にかけた。 「騒いでも無駄だ。みんな寝てるし、聞こえてもトラブルに巻き込まれたくないから知らんふりだ。あきらめるんだな」  確かにアパートの住人とは、時々会釈する程度の関係だった。 「警察が来た時にはお前はあの世で、俺はまんまと逃げ果せた後だ。残念だったな」  ケイタは抵抗したが力差は明らかだった。首を絞める力が強くなっていく。 (このままでは死ぬ…神様、助けてください!)  そう思った時、長いこと忘れていたあの記憶がよみがえった。  高校生の時にあった神様を名乗る老人。特殊な力を授かったこと。信じてはいなかったが、今は藁にもすがる思いだった。 (生き物はだめ、武器になりそうな物で、同じ種類のものが2個必要……考えろ、何かないか……ない、だめだ、ここにそんなものあるわけない。あぁ、ここで死ぬのか……なんてつまらない人生だったんだ…)  だんだん意識が遠のいていく。 (……嫌だ、なぜ僕が死ななきゃならない。死にたくない。神様は言ってた。役に立たないものはないって、重要なのはそれを活かせるかどうかだって。あきらめるな、考えろ。のばして、縮める、縮める?…そうだ!)  ケイタは最後の力を振り絞って男に抵抗すると叫んだ。 「神様、僕のズボンのベルトを倍にのばして、こいつのベルトを半分に!」  男が悲鳴をあげてベッドから転げ落ちた。ベルトがくい込んで不自然に細くなった腹を押さえて床の上をのたうち回っている。ケイタは何とか起き上がってふらつきながら玄関へ歩いた。アパートの住人がドアをたたく音、呼びかける声が聞こえてきた。  警察が到着して事情聴取や現場検証が一段落した頃に、空が明るくなってきた。  ケイタは、隣の住人にもらった缶コーヒーを飲みながら、朝日が昇るのを見ていた。  役立たずで自己嫌悪のかたまりだった自分、一見何の役にも立たない力、この結末──。  神様はすべてお見通しだったということか。 「神様、ありがとう」  人生も世の中も捨てたものではない。ケイタは、自分の中にそう思える新しい自分が生まれたことを感じていた。  
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